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縄文語のかけらーその259 (通巻第944号)
 バチェラー八重子の歌集「若きウタリに」より
 * 裾燃ゆる アツシを纏い ウタリをば 教へたまひし 君慕はしも
 ...裾燃ゆる アツシの姿 いさましく 輝きけりと 伝へ聞(きこ)ゆる

▽ アイヌ民族の伝統の衣装を「厚司(アツシ)」と言う。これは勿論、アイヌ語の「 attus 」と言う言葉に漢字で振り仮名をした当て字に過ぎないもので、アイヌ語の辞典では以下のように説明されている。
...中川裕「アイヌ語(千歳方言)辞典では
 * アットウシ attus 【 名詞 】厚司 ; オヒョウニレなどの木からとった繊維で織った上着。
 ← at 「オヒョウニレの木の皮」+ tus ← rus 「毛皮」...と、このように記述しておられる。

▼ 萱野辞典でも同様に、「アットウシ 」と言う発音の語彙に、わざわざ「 at-rus 」と言う語源解釈を施して、オヒョウの木の皮の織物、着物、厚司。←アッルシ (ニレ皮・衣)...と説明に汗をかいておられる。
...attus の語源解釈は、それなりの説明がされて「そうなんだろうな...」と思わせる程度ではあるのだが、「アッルシ 」が何故「アットウシ 」へと、 R の音が都合よく T の音に音韻変化を遂げる、その理由が説明できないと言う大きな弱点を抱えているのである。

◎ この問題の真偽は此処では問わないとして、この「 attus ・厚司 」と言う言葉を、古い時代のアイヌの人たちは、正しくはどんな風(ふう)に発音していたのか。実は、現代のアイヌ語話者の人たちは、学者の方々を含めて間違った理解をしているのではないかと、そう私は考えているのだ。

☆ バチェラー八重子さんは、「 attus 」をアットウシ でなく「 アトウシ 」と発音していた ? ‼
...冒頭の二つの短歌で、八重子さんは「厚司」と言う漢字を使わず、片仮名で「アツシ」と表記する途(みち)を選らばれた。
 民族の伝統の床しい言葉を、できるだけ原音に忠実に伝えたかった為だろう。

★ 八重子さんは、本当は「 アトウシ 」と表記したかったのだ ‼...しかし、当時は「アトウシ 」と言う表記法は成立しておらずやむを得ず「アツシ」と表記するしか無かった訳である。

    (次回につづく)

# by atteruy21 | 2020-04-07 12:06 | Trackback | Comments(0)

縄文語のかけらーその258 (通巻第943号)
 yat-to (崩れた・処)と言う言葉を、なぜ文字通りに「ヤット」と読まず谷戸(ヤト)と発音するのか。 not-to (括れた・処)の語を、どうして能登(ノト)と呼んで「ノット」とは言わないのか。日本人の祖先が未だ文字と言うものを知らなかった時代からの古い言葉の、ご先祖さまの変な発音の癖(くせ)がこの地名の不思議の世界を産み出しているのだ。

▽ 連続した同じ子音の一つが抜け落ちる...アイヌ語の変な癖
...私のブログのハンドルネームは、 atteruy 21 である。これは、古代の東北地方に生きたアイヌ民族の先祖の蝦夷(エミシ)と呼ばれた人々の、最も愛し尊敬した英雄の名に因(ちな)んでいる。

▼ 阿弖流為(アテルイ)と呼ばれたその男は、十倍にも及ぶ桓武天皇派遣の侵略軍に怯(ひる)む事なく果敢に戦いを挑み、僅かな手勢を率い神出鬼没のゲリラ戦で敵の精鋭部隊を殲滅(せんめつ)するなど、歴戦して「敗北」の二字を知らなかった。
...阿弖流為 =「 Atteruy 」は「アテルイ」と読み、「アッテルイ」とは発音しない。その名の意味を分析すると、それは現代のアイヌ語で解釈すると、以下のような意味となる。

◎ at-te-ruy ...蜂起させること激しい者
...この名前(語句)の構成は以下の通り
 * at (群れ立つ)+ -te (~させる)+ ruy (激しい)+ -i (者・御方)
 英雄アテルイの名は、彼の闘う姿に敬愛の念を抱く同胞たちが彼に贈った一種の諡(おくりな)であり、ニックネームである。
...アテルイは、平和に人々が暮らす蝦夷(エミシ)の地に傍若無人に侵略し、女・子どもも容赦なく殺戮する桓武天皇軍に対し、満身の怒りを込め、若い同胞たちに激しく訴え、戦いに立ち上がらせた優れた指導者であった。

☆ 実は、阿弖流為(アテルイ)と言う名の分析は、アイヌ語でその意味が解ける私のような説は皆無で、通説と言えるものも未だ無いのである。関心のある方は、このブログの「アテルイについて」の項目(通巻第101号~)をご覧頂きたい。

★「 Atteruy 」はアッテルイでなく、「アテルイ」と発音する。私の勝手な思い込みでない事を証明するため、有名なアイヌの歌人・バチェラー八重子の何首かの歌に現れる言葉の響きの解析を通じて、この事の証拠としたい。
...バチェラー八重子「若きウタリに」より
○アイヌラックルの章(冒頭の歌)
* 裾(すそ)燃ゆる アツシを纏(まと)い ウタリをば 教へたまひし 君慕はしも
  (次回につづく)

# by atteruy21 | 2020-04-06 17:41 | Trackback | Comments(0)

縄文語のかけらーその257 (通巻第942号)
 「能登」という地名の語源をアイヌ語に求める人は、決して少なくはない。しかし、その多くが、この「 not 」と言う語を、日本語の「岬(みさき)」を表す語だと位置付けての事なのである。だが、アイヌ語の「 not 」は元々は直接に「岬」を表す語彙なのではなく、あくまでも身体部位の「顎」ないし周辺の「身体部位」を意味したに過ぎない点に留意しなければならない。

▽ 「 not = 岬 」は途中経過省略の短絡的思考、つまり誤り ‼
...「 not 」即ち「岬」だとする見解は、恐らく知里幸惠さんのアイヌ神謡集の作品の「小狼の神が自ら歌った謡ホテナオ」中の以下の台詞(せりふ)に影響されての事だろう。

▼ tan hekaci wen hekaci  eiki ciki ,    tan esannot teeta rehe tane rehe ukaepita eki kusnena ‼
 この小僧め  悪い小僧め  そんな事をするなら、 この岬の 昔の名と 今の名を 言い解いて見ろ
...知里幸惠さんは、この「 esannot 」と言う言葉に「岬(みさき)」という訳語を宛てておられる。この訳文が、我々にとっては躓(つまず)きの石になってしまったのだ。

◎ 「 esannot 」を分析すると...
...*「 esannot 」は he- (~の頭が)+ san (前へ出た)+ not (顎)と解釈される。その場所の地形が前へ(海の方に)突き出ている...と言う意味である。結論を言えば、岬と訳して誤りではなく「エサンノッ」は此処では岬を指しているのだが、この語句から「 not 」の部分だけを取り出して、【 not 】即ち「岬」としてしまうと、それは誤りになるのである。

☆ アイヌ民族の心としては、その岬をなす地形を擬人化して、大地と言う神の「顎」だと見た訳である。
...多数説に従って、「 not 」を顎と訳して説明したのだが、「 not 」は何も「顎」だけとは限らないと言う問題もある。
* 前述したように、私は「 not 」は、顎に限らず頭と胸の間の細く括(くび)れた首筋一帯を指している、そう考えている。その方(ほう)が、「 not 」という音を地名に持つ土地の実際の姿に合致するからである。

★ 半島状の、しかも一定の括(くび)れを持って海に突き出ている、そう言う地形を【 not 】と言うのだ。岬と呼んでも良いし、場所によっては顎と見ても良い。本土から千切れそうでいて、それでも切り離されずに浜にしがみつき、島とはならずに頑張っている...そんな場所が not-ke 野付崎と名付けられた。

* 「とー処ー to 」の因縁噺の筈が、一回だけ出番が遅れた。次回こそ、その噺をしよう。
   (次回につづく)

# by atteruy21 | 2020-04-05 15:18 | Trackback | Comments(0)

縄文語のかけらーその256 (通巻第941号)

 「 to = 処 = と 」という関係を説明する例として前回に挙げた地名の中に、このブログの新しい読者の方々にとっては相当に理解が困難なものが有ると気が付いたので、遅蒔き(おそまき)ながら説明をしよう。

▽ 谷戸、能登のうち、「能登」という地名を、能登「 not-to =括(くび)れた・処」と決め付けたのは如何にも説明不足で、独り善がりの謗(そし)りを免(まぬが)れないだろう。
...【 not 顎・首筋 】というアイヌ語の詳しい意味を説明しないと、この語源説は成立しない。

▼ アイヌ語で「 not ・ノッ 」と言うと、普通は身体部位の「顎(あご)」を指すと言われている。あの「アゴのしゃくれた」の顎である。北海道の地名には、人間の身体部位を命名の構成要素するものが極めて多いのだが、この「 not 」と言う音も、半島状の地形或いは半島の先端部分を指す言葉として用いられた訳である。日本語で言えば、「~崎(さき)」に当たろうか。

◎ だが、能登を含め本州の各地や北海道の地名に現れる【 not 】の地形は、ちっとも【顎】には見えない、そんな場所が少なくないのだ。地図帳をお持ちの方は、ぜひ本棚や机の引き出しから引っ張り出して、現物の地形をご自分の眼で確認して頂きたい。
...北海道の根室湾の海岸線に、野付崎(のつけざき)という平仮名の「つ」のような形をした半島があり、その「つ」の字の左の先端部分が、辛(かろ)うじて標津(しべつ)の浜にくっついているのだ。どう見ても顎には見えない。

☆ この野付崎は、根室湾の海流と標津川の流れが合流した部分に出来た砂の堆積が造形した芸術作品だろう。野付崎は、切れて島とならずに、辛うじて本土の浜に繋(つな)がっている。その繋がった部分が【 not 】と呼ばれたのだ。
...因(ちな)みに、「のつけ」はアイヌ語の「 not-ke = (切れずに)繋がった・処 」という形で出来上がった言葉だと、そう私は見ている。

★ アイヌ語の【 not 】は、顎の部分に限らず、古くは首筋全体を指し示す言葉ではなかったか。少なくとも、そう解釈する方がそう言う音を含む各地の地名の、現地の実際の状況にあっていると私は感じている。

* さて、説明不足の点にもう一つ、「 not-to 」を「ノト」と読み、「 yat-to 」を「ヤト(谷戸)」と発音する独断がある。
...なぜ「ノット」とか「ヤット」等と、書かれた文字の通りに発音しないのか。それがアイヌ語の発音の癖なのであり、また、
それがアイヌ語の語法の構造の秘密に関わるものだからと、今日はそれだけ言っておこう。
    (次回につづく)

# by atteruy21 | 2020-04-04 10:58 | Trackback | Comments(0)

縄文語のかけらーその255 (通巻第940号)

 日本列島の古い住人の言葉に、場所や所(=ところ・処)という観念を表す「 to (ト・トー)」という語彙が有ったのか。例えば縄文時代の人の言葉に...。だが、そうは言っても、現代の誰もその音声を実際に聞いた人はいないし、近隣の他の民族の残した記録文書に運よく縄文人の言葉が記録されて残っていたという訳でもない。時代を下って弥生時代や古墳時代にもなると、有名な魏書東夷伝倭人条に倭人の話した言葉、地名や人名・官職名(例えば「ミミナリ」=副官)などの幾つかの語彙を知る事ができるのだが、縄文時代の言葉をどれ程残しているのかと言うことになると、大きな疑問符が付くと言わざるを得ない。

▽ そこで、縄文語の面影を最も色濃く今に伝えているのではないかと考えられるアイヌ語の語彙に、この「 to 」という発音を含み、場所や所の観念を表す、そう言う言葉が有るのかと言う噺になる訳である。
...アイヌ語の語彙ないし発音で、「 to 」は湖や沼を表す。更に「 to 」の音(おん)は「日(ひ)」と言う意味も持っている。
なお、その「日(ひ)」は一日・二日の「にち」を意味し、時間を表す概念である。この事は後で触れる。

▼ アイヌ語の「 to 」は、直接には場所や所を表す言葉ではなさそうだ。そこで、アイヌ語と兄弟であると私が勝手に邪推している大和言葉に此処は御出座し(おでまし)頂いて、問題解決への橋渡しの役割を果たして貰おうと思うのである。
...実は、「 to =処・場所 」と言う関係は、大和言葉の方に縄文の観念がより濃く遺(のこ)されているのである。縄文の時代の観念を遺したと思われる地名、場所の噺と言えば、皆さんもう耳に胝(タコ)が出来るほど散々に聞かされた、あの噺である。

◎ 谷戸(やと)・能登(のと)...縄文海進で日本中に広がった地形
...谷戸「 yat-to = 崩れた・処 」  能登「 not-to = 括(くび)れた・処 」
 アイヌ語には明確な形で遺らず、大和言葉の中に命脈を保った「と( to )」という言葉が有ったと私は考える。独立した完全な言葉でなく、複合語の一部としてそれは遺ったのだと...。「 to ・と 」は、それ一語では、「場所」も「ところ」も表すことは出来ない。

☆ 正確に言えば、「 to 」と言う語彙は、「~の処」ないし「~した所」というアイヌ語で言えば「所属形」の概念を構成する語であって、語法の一つに過ぎない。単純な名詞の範疇では捉え切れない次元の違う観念なのだ。
...次回は、アイヌ語と大和言葉の「 to ・と 」を巡る不思議な因縁噺(いんねんばなし)を語ろう。

    (次回につづく)

# by atteruy21 | 2020-04-03 12:37 | Trackback | Comments(0)