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縄文語のかけらーその1063 (通巻第1765号)
 海の狩人と呼ばれたニヴフの人たちは、海獣猟や捕鯨に秀でていたと言う。元々の彼らの出身地、オホーツクの地域での彼らの漁労の姿が後の周辺の民族から評価に結び付いたのだろう。
 🔷 ところで、海獣猟や鯨猟で名を馳せる為には、或る条件が必要になるのだが、その条件に貴方は見当が付けられるだろうか。それが、良く斬れる長刀の有無なのだ。稀に浜に打ち上げられた鯨を解体処理したアイヌの場合と違い、常日頃の漁猟活動で鯨猟を行うニヴフの捕鯨のような場合は、ただ鯨を仕留めるだけでは仕事は終わらず、獲った鯨を浜に上げて手早く解体処理する事は必須(ひっす)であり、それが最大の仕事だったのである。

▽ 極北の狩猟民族ニヴフには、優れた解体道具を造る能力があった ❗
...大陸に拠点を持つ狩猟民族のニヴフには、切れ味の良い薙刀(なぎなた)のような長刀を造る能力があった。規模の大小は有るにしても、自前で金属器を精錬・製造する能力があり、そのための施設があった。
 🔺 一つ目の大入道の化け物の噺は、良く斬れる刃物を造る過程で、眼を傷(いた)めた男たちの姿をモデルにして成立した事は
疑い無い。

▼ アイヌ民族は自前の金属精錬の技術は持たなかった ‼
...丸木舟を使ったような早い時期から、海を越えて海外交易に進出したと思われるアイヌの人たちは、鉄器などを自ら製造する途(みち)を選ばず、海外の民族や集団との交易で有用な物を手に入れた。
 ⭕ 刀剣などは、大和国家や中国王朝など東アジアの各勢力から手に入れたらしいのだ。自然に溢れた大地や海から得た海産物などの資源を交易の商品としたのである。

◎ だから、ニヴフやウィルタの人たちは北海道の網走までやって来たのだ !
...物資のやり取り・交易があったればこそ、人の交流・移住もあったのである。ニヴフの人たちの移動の道とは反対に、北海道からは樺太や千島、そしてカムチャツカ半島に至るまで、人の移動と交流があった。
 🔶 オホーツク海の、日本側の浜辺を通って、極北の民族は網走方面まで進出した。オホーツク文化だとか、オホーツク人だとか言うのは、そういう人たちであり、文化であったのだろう。

☆ 羅臼(ラウス)って何語 ? 本当にアイヌ語なの ❓
...この話題の締め括りに、不思議な言葉の響きを持つ「羅臼(ラウス)」と言う地名を考えよう。諸説あって定まらないのが北海道の地名の宿命のようなものだが、矢張アイヌ語だと言うのが多数説ではあるのだ。だが、本当にそうか ❓
    (次回につづく)

# by atteruy21 | 2022-06-27 15:28 | Trackback | Comments(0)

縄文語のかけらーその1062 (通巻第1764号)

 👻 【空き家の留守番】と言う樺太の化け物の噺から、一体どんな情報が読み取れるのか。取るに足らないこんな小編の物語の中にも、アイヌ民族と周辺の他民族との交流やその逆の諍(いさかい)の様子が見えてくるのだ。

▽ 右の座に粗末な魚皮製の衣服を着た老爺が...
...余り知られていない事実だが、アイヌ民族は北海道・樺太・千島の他、本州の東北地方にも明治になるまで住んでいたのである。津軽の辺りはアイヌの人々の住む南限だったのであり、言わば大和びとの住む地域との国境であったのだ。
 ⭕ 津軽の地名が、古くは「津借(つかり)」と呼ばれたのは既に述べて来たが、それはアイヌ語で言う「 tukari =行き止まり・
和人地の手前側」を意味したのは、読者の方も納得されただろう。

▼ 樺太は、アイヌと北方民族の共存の地 ❗
...事ほど左様に、樺太(現在のサハリン)の地は、旧くアイヌ民族の祖先たちとニヴフとかウィルタと呼ばれた、大陸から移り住んだ少数民族の人たちの共存する大地であった。
 🔺 また、千島列島には前に述べたカムチャツカ半島から島伝いに移住したコリャークと呼ばれた人たちも居たのである。
 アイヌの先人たちの住んだ世界は、多くの異民族との日常的な接触と交流の世界だったことは記憶して置かなければならない。

◎ 粗末な魚革製の衣服とは...❓
...アイヌ民族の衣服は、古い時代から木の繊維で編んだアトウシ( attus )であった。オヒョウニレの木の皮から出来た着物である。空き家の留守番のように魚皮の衣服と言う習慣は、樺太に限らずアイヌには無かった。
 鮭の皮で拵(こしら)えた靴があるが、それは keri (ケリ)と言う。余り履き心地が良さそうには見えない。
 🔷 樺太の空き家の番人は、恐らく大陸から移住したニヴフの人たちの末裔がモデルになっているのだろう。

☆ ニヴフは漁労の民、「海の狩人」と呼ばれた ‼
...自称「ニヴフ」、ロシア語では「 Nivkh (ラテン文字表記)」、昔はギリヤークと他の民族からは呼ばれたようだ。漁労を生業とし、取り分け海獣猟や捕鯨に長じて居たと言う。
 🔴 この海獣猟や捕鯨に長じて居たと言うのが、この物語の次の展開の伏線になるのだが、貴方には次の展開が見えるだろうか。良く斬れる刀が、そのキイワードなのだが、ハテサテ、一体どうなるか ❓

      (次回につづく)

# by atteruy21 | 2022-06-26 13:58 | Trackback | Comments(0)

縄文語のかけらーその1061 (通巻第1763号)
 樺太のお化けたちが、一体どんな実在の人間集団をモデルにしているのか、やはり深く追究し、検証して置く事が必要なのかも知れない。矢張ここで前回に省いてしまった「空家の番人」という化け物の噺を取り上げるべきなのだろう。
 ⭕ えぞおばけ列伝 12 .空家の留守番 (一部重複になるが再掲)

...古くアイヌは、北海道でも樺太でも、春から秋にかけては海辺の夏村に住み、そこにある掘っ立て小屋で魚を取って暮らし、秋の末に山の手の冬村に移って、そこにある竪穴小屋の中で穴居生活を送った。
 そこで、彼らが海辺の夏村に住んでいる間は、山の手の冬村では竪穴がずらりと空家になっているし、また彼らが山の手の冬村に移った後は、海辺の夏村は軒並みに空き巣になっているわけである。

▽ オハチスエ(空屋の番人)
...ところが、この空巣を狙って無断で住み込むことを専門にしているお化けが樺太にいて、それをオハチスエと言い、魚皮製の粗末な衣服をまとった毛だらけの爺で、よく人の真似もするが、その性質はひどく狂暴で、おまけに物凄くよく斬れる刀をもち、それによって多くの人畜を殺傷したと言う話が、樺太の各地に伝説となって語り伝えられている。ここに紹介するのも、そういう伝説の一つである。
 🔺 樺太の東海岸の北部にコタンケシと言う部落があった。そこの酋長(しゅうちょう)は豪胆な男として知られ、ただ歩くのにも銘刀を肌身離さず差していた。
 この男がある年、春になってから急に思い立って犬橇を仕立てて、同じく東海岸の北部にあるタライカの部落に遊びに行った。

 ところが、そこへ行って見ると、人々はもう夏村に引っ越してしまった後であったので、仕方なしに一軒の空家に入り込んで、戸口に近い下座に席をとって、そこら辺のごみをかき集めて火を焚(た)いた。
 その焚き火の光で見ると、右の座に粗末な魚皮製の衣服を身にまとった、顔も手足も毛だらけの老爺が座っていて、炉の片隅に
同じように火を焚いて、そこら辺からゴミを掻き集めては火にくべていた。

▼ 何事も真似をするお化け ...これは何を意味する ❓
...コタンケシの酋長が煙草を吸うと、その爺も煙草を吸い、コタンケシの酋長が煙管(キセル)をトントンと叩いて灰を落とすと、その爺もトントンと叩いて灰を落とし、コタンケシの酋長が煙管で地面を打つと、その爺もそのとおり真似た。
 🔷 コタンケシの酋長が刀を抜いて鞘を打つと、その爺も刀を抜いて鞘を打った。すること為すこと、そっくり真似るのであった。さすがの酋長もすっかり怖気(おじけ)づいて、隙を見て戸外へ飛び出した。
 この記述から、お化けの正体を探るのだが...続きは次回に。

# by atteruy21 | 2022-06-25 11:53 | Trackback | Comments(0)

縄文語のかけらーその1060 (通巻第1762号)
 🌃 アイヌ民族と北方民族の出逢い...異人を語る古い民話から
...アイヌ民譚集 えぞおばけ列伝より
 14 . 一つ目の大入道
 ...二人の兄弟がいた。ある年、犬橇(いぬぞり)に乗って東海岸へ出かけた。途中、日が暮れたので貂(テン)とり小屋に泊まった。真夜中に弟は何かの声で目が覚めた。見ると、一つ目が月光のようにギラギラ光っている恐ろしく大きな怪物が来て、兄を殺して食っているところであった。

▽ 驚いて戸外へ飛び出し、橇犬どもを全部解き放した。
...怪物は犬どもに追われて山の方へ逃げて行った。あくる日、弟は浜へ下って人々に物語った。そこで人々は大勢(おおぜい)出かけて、その晩は寝ずにいた。例の怪物はその晩もやって来た。
 浜から来た連中は、弓だの槍だので攻め立てて、とうとう殺してしまった。
 ⭕ 夜が明けてから見ると、途方もない大きなカワウソであった。毛もすっかり擦り切れて、なめし皮のようになり、体一面に松ヤニがついて、小刀も通らなかったと言う。
 (樺太西海岸タラントマリ)

▼ この噺で、いったい何が語られているのか ❓
...樺太の別な噺(空家の留守番)で語られるキムナイヌ(山人)は、オハチスエ(空家の番人)と言い、魚皮製の粗末な衣服を纏った毛だらけの爺で、よく人の真似もするが、その性質はひどく狂暴で、おまけに物凄く良く斬れる刀をもち、それによって多くの人畜を殺傷した話が、樺太の各地に伝説となって語り伝えられている。
 なら、オハチスエの噺を取り上げたらよかったのに...一つ目の大入道を取り上げたについては、それだけの理由が有るのだ。

◎ 日本の民話にもある、片眼・片足の怪物 ‼
...一つ目の大入道の噺に似た化け物が、日本の民話にも登場する。そうした民話の成立した背景に、製鉄の技術とそれを支えた職人たちの存在が在ると言うのが、偉い専門家の人たちの考えだと言うのだ。
 🔷 片眼・片足の人間たちと言うのは、製鉄の仕事に携わる人たちが、熔鉱炉の熔けた鉄の強烈な光線で多くの人に眼の障害が出て、片眼になる人が少なくなかったからと言う。片足と言うのも、熔鉱炉の鞴(ふいご)を踏む作業で脚に障害が起こる為だと...。
 
☆ 良く斬れる刀を持った異人...それは北方民族のこと ❗   (次回につづく)

# by atteruy21 | 2022-06-24 11:35 | Trackback | Comments(0)

縄文語のかけらーその1059 (通巻第1761号)
 アイヌ民族のニヴフやウィルタなど北方民族との接触と交流、また衝突の記憶が、アイヌの古い民譚(みんたん=民話)に幾つも遺(のこ)っている。「アイヌ民譚集」と言うアイヌ語学者の知里真志保(ちり・ましほ)博士が著した本があるのだが、その本の巻末に「えぞおばけ列伝」という項があるので、その内の面白い二話を取り敢えず紹介しよう。
 
 ⭕ えぞおばけ列伝 10 . やかんおやじ
...樺太の山中に「キムナイヌ」(山の人)というお化けが住んでいる。頭がつるっ禿げなので、「ロンコロオヤシ」(禿げ頭を持つおばけ)とも称する。お化けと言っても案外親切な連中で、山の中で荷物が重くて困っている時など、
  アネシラッキ ウタラ  守り神さんたち
  イカスウ ワ ‼     手伝っておくれ
 と叫べば、やって来て荷を軽くしてくれる。ただし、禿げ頭の話だけは禁物で、山中でうっかり禿頭の話などしようものなら、
憤慨して山が荒れ、急に雨が降って来たり、何処からか出し抜けに木片が飛んで来たり、通りすがりに大木が倒れて来たりする。
 山中で風もないのに不意に大木がガラガラドッシンと倒れて来たら、それはこの連中の仕業だ。そう言う際はすかさず、

  キムン ポネカシ 山の小父さん
  ヤイカ ニー オツイナー お前さんの上に 木が倒れて行くよ
 と唱えれば、慌てて退散する。このお化けは、柄にもなく血を恐れると言い、里でも血を恐れる人をキムナイヌみたいだ、とからかう。

▽ キムナイヌ...人懐っこい側面と、狂暴で恐ろしい面と
...この第10話では、キムナイヌの人懐っこい面が語られる。
 🔺 ここで注目すべき点は、キムナイヌの身体的特徴を述べている点だろう。
 【禿げ頭】の示すもの ❗
 トントネ「 tonto-ne 」=禿げている
 ...もう気が付かれただろう。北方民族の第一の身体的特徴は、体毛が薄い事である。
 北方民族と呼ばれた人たちは、新モンゴロイドと呼ばれる、寒冷地に適応した体つきを持っていた。皮膚の下に多くの脂肪の層を貯え、寒冷地に住む適応をしたのである。厚い脂肪層のお陰でヨーロッパ人のように濃い体毛を生やす必要はなかった。また、 腫れぼったい瞼(まぶた)で眼球を護る適応をし、鼻などの突起部分を減らして、全体として扁平な顔つきを獲得したのだ。
...一方のアイヌ民族は、いわゆる「古モンゴロイド」に属し、寒冷地適応をしなかったから、目鼻立ちは彫りが深く、寒さに耐える為の濃い体毛を持っていたのである。  (次回につづく)

# by atteruy21 | 2022-06-23 11:53 | Trackback | Comments(2)