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縄文語のかけらーその692 (通巻第1377号)

 民族の言語にとって重要な言語体系の基盤をなす、基礎的な語彙の「大きい」や「小さい」の観念を表す言葉が、何と不思議なことにアイヌ語においては、どうやら親子の関係に置き換えられて、つまり、大小の関係性を親子関係に準え(なぞらえ)て認識し発展させてきたと考えられるのだ。世界の何処にも類例を見ない、アイヌ語の希有の特徴である。

▽ 萱野辞典に見る大小の観念の対比の面白さ ❗
...中川辞典に見られた、大小の関係を親子関係に引き寄せて見る傾向が、萱野辞典の言葉でも見られるのだろうか。
✳ 萱野辞典の「大きい」、「小さい」に関連する言葉
 🔶 ノカン【 nokan 】小さい。細かい。
 《例文》ノカン-ノ カラ =小さく作れ  ノカン カシパ =小さ過ぎる  ノカン ヒケ =小さい方(ほう)

▼ 子ども( po )の観念と「小さいもの・弱いもの」の関係...そして「ピ( pi )」と「モ( mo )」の観念の成立へ ‼
...萱野辞典
 🔶 ポ / ポ(ホ) 子供。息子。
   ポ【 po 】 小さい。わずかな。~だけ。
  ポン【 pon 】幼い。小さい。少しの。

◎ 「子ども( po )」の観念が、大小などの比較観念の基になった ?
...「ポンペッ( pon-pet )=本別」と言う川がある。萱野辞典によれば、「小川」となる。
 ✳ 小川 ; 大川から分かれている川のこと。洪水の後にはしばしば川の流れが変わるものであった。...とある。
 だが、この川の場合は「小さい川=小川」と言う意味よりも、親川から分かれた「子-である-川= po-ne pet 」と解釈するのがアイヌ民族の世界観から見て相応しいと私は思うのだ。

☆ 「 Po-ne pet ・ポネペッ 」なんて、そんな名の川は何処にも流れてないっ ❗
...そう言って私を責めないで頂きたい。あくまでも命名の由来を論理的に考えたのであって、実際に人の口の端(は)にのって、地名にまでなるのは、少し語の形が変わって定着する場合も有るのである。ただ「ポンペッ=小さい川」と言うだけでは、親の川との関係が分からないではないか。たぶんポンペッ(本別)と言う川の古い名は、「ポネペッ」と呼ばれていたのだろうと私は思っている。  次回は、比内(ひない= pinay )や藻別(もべつ = Mo-pet )の名を取り上げて大小の観念の噺をしよう。
       (次回につづく)

# by atteruy21 | 2021-06-17 11:29 | Trackback | Comments(0)

縄文語のかけらーその691 (通巻第1376号)
 北海道の地名に残る縄文語由来の古い言葉を探し求めて札幌の地を訪ね、「札幌(サッポロ)」という地名の語源を考え始めたのだが、そのとば口(とばくち=入り口)に入ったばかりの所で、「 poro ・ポロ = 大きい」と「 pon ・ ポン= 小さい 」という、アイヌ語の基本語彙であって、互いに対立する意味を表す語彙の、その成り立ちを調べよう等と言う、素人にしては分(ぶん)不相応の「だいそれた」狙いを秘めた重い課題を、自分から背負い込んでしまったのだ。「まあ、いつもの事だから...」と、皆さん苦笑いをされた事だろう。

▽ 辞典で和語の「小さい」や「子ども」に該当するアイヌ語の語彙を眺めてみる ❗
...先ず中川辞典
 ノカン nokan 【動詞1】細かい。小さい。 ↔〈反〉ルプネ rupne
《例文》 nokan cikoykip ka poronno a=tomot ne kusu
  小さい 獣に も たくさん 出くわすので [ N 8808312.UP ]

▼ 中川辞典
  ポ po  【名詞】 ①子供。 ②息子。
  ポン pon 【動詞1】小さい。若い。小さくなる。 ↔ 〈反〉ポロ poro
《例文》ネノ クポ-ニ タ クヌ コロ カン-ペ
neno ku=pon hi ta ku=nu kor k=an pe 私が小さい頃、そのように聞いていたこと 〔 N 911100.CON 〕
モ mo 【動詞1】 ①静かだ。 ②(他のものと比較して)小さい。

◎ 中川辞典《 mo の関連語》モシリ ,ーリ mosir ,-i 【名詞】土地。国。世界。島 ; ← mo「小さな」+ sir「視覚的な情景」。
...モ mo は本来、シ si と対(つい)になって、何か他のものと対比して小さいものを表す。シリ sir は視覚によって知覚された世界の総体であり、その総体の一部を切り取って、限定して捉えたものがモシリ mosir であると考えられる。
 だから、アイヌモシリ aynu mosir 「人間の世界」や「島」といった限定された空間を表すのに用いられる。

☆ 全体に対する、限定された一部...それがアイヌ民族の「小さい」や「子ども」の原義 ? ❗
...中川辞典を見て行くと、「ポロ」に対する「ポン」や「ルプネ」に対する「ノカン」の観念は、大と小との関係と言うより、全体と一部と言う観念上の対立が語彙の成立の軸になっていると言えそうだ。
 ✳ 次回は、萱野辞典で同じ語彙を検証して、「子ども」と「小さい」の観念の語義の襞(ひだ)にメスを入れよう。
    (次回につづく)

# by atteruy21 | 2021-06-16 15:02 | Trackback | Comments(0)

縄文語のかけらーその690 (通巻第1375号)

 前回の記述の終わりに、アイヌ民族のコタン(集落)の分布に就いて中途半端な説明で解りにくい点が有ったので、記述を正確なものに改めたい。
 ✳ それは、以下の部分である。
...「アイヌのコタンの分布は、鮭の遡上限界に一致すると言う。鮭が遡らない、鮭の採れない川筋には...」と叙述したのだが、その「コタンの分布」の前段の説明をしないと、「鮭の遡上限界」と言う事柄に繋がらないのだ。

▽ アイヌ民族のコタンの分布は、川筋に沿って広がって行った
...アイヌのコタン(集落)は、先ず初めに海辺に作られ、大小の河川の流れに沿って次第に山奥へと向かう形でコタンの造営地が広がって行った。幕末や明治の頃に作成された川筋の地図から、コタンの拡がって行った姿が見えて来るのだと言う。
 ✳ その川筋を伝い、川を遡って行くコタンの在る場所(分布)は、コタンを営める地の限界は、丁度、鮭が産卵のために故郷の川や沢に帰ってくる、その川を遡って来られる限界の地点だと言うのだ。
  🔶 鮭がそれ以上は遡って来られない、つまり鮭の採れない川筋にはアイヌの暮らしを支えるだけの食糧が無いのだ。

▼ 中川裕アイヌ語辞典   ポ po 【名詞】①子供。 ②息子。
 〈例文〉メノコ ポ カ オッカヨ ポ カ ポロンノ アコロ ワ
  menoko po ka okkayo po ka poronno a=kor wa 女の子も男の子もたくさん(私には)できて...[ N 8712043.K Y ]
〈例文〉「アポホ !」セコロ アウヌフ ハウェアン コロ イエシカリ
  a=poho !”sekor a=unuhu hawean kor i=esikari 「息子よ !」と母は言いながら、私に抱きついた。〔 N 8804061.U P 〕

◎ 「ポン(小さい)」が先か、「ポ-ネ(子である)」が元か
...ポン(小さい)と言う言葉の説明の初めに、いきなり「ポ( po )」の噺から入るのは、騙し討ちでもなければ奇を衒(てら)った訳でもない。それは、この語の成立の過程を探ると言う私の勝手な思い入れが有るからなのである。
 ✳ 結論から先に言う私の得意の手法によれば、アイヌ語の「 pon 」と言う語は、二次的に「 po (子供)」という言葉から派生した複合語なのだという考えを私は持っている。

☆ 【小さい】を表すアイヌ語は、「 ポン・ pon 」だけではない ❗
...アイヌ語で【小さい】を意味する言葉には、「ノカン」、「ポ」、「ポン」、「モ」など、微妙に意味合いの異なる幾つかの語彙が有るのだ。次回は、英語の「小さい」等とも較べて【小さい】の本義を探ってみよう。  (次回につづく)

# by atteruy21 | 2021-06-15 11:47 | Trackback | Comments(0)

縄文語のかけらーその689 (通巻第1374号)
 アイヌ語の「ポロ」や「ポン」と言う言葉には、元々の「大きい」、「小さい」の意味の他に、その基本義から派生した新たな意味が有る。地名の例で言うと、アイヌ民族は山や川を生き物と見立てる習慣があり、例えば、二つの山が側に並んでいるとき、大きい方の山を「ポロシリ」、小さい方を「ポンネシリ」と呼ぶのである。
 ✳ アイヌは川のことも生き物と考えていたから、川が或る所で上流に向かって枝分かれして二本の川になっていると、それは親の川が子を産んで、子どもの川が親の処から巣立って行くのだと見たようだ。

▽ 川の見方に見る民族の観念の違い ❗...川は上流から流れ下る存在か、浜辺から山奥へ遡って行く生き物か ?
...川をどういう存在と見るかに就いては、アイヌの古人と大和の人々とでは見方が正反対になって、言葉でも違いが顕れるのは面白い。前にも取り上げた噺で覚えて居られる方も多いだろう。
 ✳ 川の合流点に来ると、大和の人々は「二つの川が落ち合う=出逢う」と考え、そんな場所を「落合(おちあい)」と名付けた。
それは、河川の水の流れの方向に着目した、川の在り方に就いての素直で自然な見方である。それに対し、もう一方のアイヌ民族の方は、川をアイヌと同じ生き物だと考えて、しかもその生き物は浜辺から野原を抜けて山奥へと入って行く生き物だと考えた訳である。
 🔶川と言う生き物は、山奥へと向かい、長い旅の途中では結婚して子も産んで、子は独り立ちして行くのだと。日本語の落合は水の落ち合い、つまり合流点を表すが、アイヌ語では全く逆の、子別れの場所になるのだ。

▼ アイヌ民族の暮らしの考え方の川への投影...それが川を山奥へと向かう生き物とする観念の成立の理由 ‼
...川を生き物と見る考え方が、いったいどういう人間の暮らしから導き出されるのか、古代人の心理を分析する力など持ち合わせない素人の私にはその解明は望めない。
 ✳ だが、一点だけ思い当たるフシが私には有るのだ。
 《アイヌがコタンを営み、更にそれを拡げて行く道筋》...それが「山奥へと入り込んで行く川」の観念の産みの親 ‼ ?

◎ 海を越えてやって来て、浜辺の古丹(コタン=集落)を拠点に、川を遡って山奥へ向かった祖先(エカシ)たち
...アイヌ民族の神の賜(たまもの)である大切な食料、それは yuk (鹿肉)であり、何よりも鮭(カムイチェプ)である。アイヌの人々はそれらの獲物を追って川を遡り山奥へと向かう暮らしを続けてきた。
 ✳ 前にも紹介した所だが、アイヌのコタンの分布は、鮭の遡上限界に一致すると言う。鮭が遡らない、鮭の採れない川筋にはアイヌは暮らしの拠点を広げられなかったのだ。
 🔶 縄文人たちが、何処からやって来て、どのように暮らしの領域を拡げて行ったのか、何やら聞いたことのあるセリフだが、そんな噺は此くらいにして、次回はポロとポンの本題に戻ろう。   (次回につづく)

# by atteruy21 | 2021-06-14 10:18 | Trackback | Comments(0)

縄文語のかけらーその688 (通巻第1373号)
 アイヌ語を習いたての人は、「 poro ・ポロ 」と言う言葉を耳にすると、ほぼ無条件、自動的に「大きい」と言う訳語を思い浮かべる。それは間違いではないのだが、いつもそう訳して良いと言うものではない。
 ✳ いま問題としている北海道の地名や地形に関わる言葉の場合でも、アイヌ語の初心者ならぬ専門の学者の間でさえ、ポロと言う言葉に、即座に「大きい」と意味を極(き)めつけて考える癖が抜けきらない人が少なくないのだ。

▽ 「ポロ」や「ポン」に生まれた二次的な意味...親と子の関係
...幌内(ホロナイ)と言う川の名がある。樺太や北海道、また東北の各地に、幌内川と呼ばれる川が在り、その数は二十数ヵ所に及ぶと言う。
 ✳ 幌内川は、通説の立場からは「 poro nay ・ポロナイ 」=大きな・川(ないし沢)と訳される。別に問題は無いだろうと普通の人は思うのだろうが、私の言語野ではその名は何処となく座りが悪いのだ。

▼ ナイ(沢・川)は、ポロ(大きい)の観念と両立するか ?
...前に散々論議した問題である。結局は、アイヌ語で川を意味する「ナイ」と「ペッ」の違いがどの辺に在るのかの問題に帰着するのだが、アイヌの先人たちの二つの語の峻別の基準が我々には分からなくなっている今は、明確な結論は出せないのかも知れない。
 ✳ 一般的には、「ペッ」の方がより大きい川で、「ナイ」の方は小振りな小さい川で、谷間を流れる「沢」などに付く名だと言う説もある。

◎ 小さな流れが綯(な)い合わさったのが「ナイ」、平野部のゆったりした流れが「ペッ」 ❗
...独断と偏見に溢れた私の語源分析では、「 nay 」は山川(やまがわ)や谷間を流れる沢のことを指し、綯い合わせるを意味する古い縄文語の【 naye ・ナイェ 】に由来する。
 ✳ 一方の「 pet 」の方は、知里真志保博士によれば「 pe-ot ・ペオッ 」が語源で、その意味する所は「水のいっぱいある(所)」と言うのが基本観念なのだと言う。私がこの説に魅力を感じている事は前に述べた。

☆ 「本別(ほんべつ= pon pet )=小さい・大河」は形容矛盾 ? 「幌内(ホロナイ= poro nay )=大いなる・谷川」も可笑しい ‼
...「ポン」も「ポロ」も、単に「大きい」、「小さい」で物事を分ける指標としては、これらの川の名前に関しては使われては居ないと私には思われる。しからば、どんな対極をなす意味で用いられて居るのか。
 ✳ ポロナイは、大きな沢ではなく、「親である」沢。従って、その上流部には「ポンナイ」と言う枝分かれした沢が有る筈で、その意義は親川から分かれた「子である沢」となる。   (次回につづく)

# by atteruy21 | 2021-06-13 15:51 | Trackback | Comments(0)