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縄文語のかけらーその85 (通巻第770号)
 「ね」と言う語彙の原義の追究に当たって、「ね・の・くに」と言う民俗学上の重要な言葉を持ち出した。だが、この言葉は、私のような素人が、何の彼の(ナンノカノ)と知ったかぶって持論を振り回せるような、そんな気軽に扱えるテーマなどではない。 それは承知の上で、「ね」と言う音で表される古代人の重要観念の、せめてその尻尾なりとも捕(つか)まえ押さえ込む為には、避けては通れない関門として、「根の国」の観念の解明に挑戦しようと言う訳である。

▽ 根の国...旺文社「古語辞典・改訂新版」
...ね・の・くに【根の国】(名詞) 上代、遠くはるかな国、地の底の国、海中の国と考えられた所。また、死者の赴(おもむ)くとされた国。黄泉(よみ)。黄泉の国。根の堅州国(ねの・かたすくに)。

▼ 「根の国」と言うのは、古事記などに頻繁に登場する。それは、死者の国を指し、懐かしい祖先の人々のいらす、薄明かりの地下の世界を言う。だが、この観念は、独り大和びとの観念と言うに止まらず、アイヌ民族の世界観や沖縄の民俗にも直接繋がる重要なものなのである。
...アイヌ民族は、人は死ねば地下にある先祖のいらす「 pokna mosir ポクナモシリ = 下の方の世界 」に赴くと考えた。これは考え方も語の構成も、大和の人々の「根の国」とほぼ共通であり、恐らくそれは遠い縄文の昔の列島人の思想を受け継ぐものであろう。

◎ 沖縄の世界観に於ける死者の国の観念は、更に根の国に近い。「ニールスク」と言う言葉がある。沖縄には「ニッラ」と言う地下や海の底に在ると考えられた、死者の国にして理想郷でもある別世界の考え方が有った。
...「ニッラ」は、別名で「ニライカナイ」とも言い、その語義、語源は突き止められておらず、不動の定説は存在しない。
「ニールスク」と言うのは、この「ニッラ」の底(スク」を意味するもののようで、地の底、ないしは海の底を表すのは明らかだろう。

☆ この地下の世界ないし海底の国と言う沖縄の人々の観念に、何処か既視感のある方は居られないだろうか。「ニッラ」と言う言葉にも...。

★ 大和言葉の「ね」の追究の手を少し緩めて、沖縄方言の「ニッラ」とアイヌ語の「ニッ nit = 突き抜ける」の関係についての論考を、遠回りになり寄り道にはなるのだが、次回に行うことを許して頂きたい。大事な観念なので...。

  (次回につづく)

# by atteruy21 | 2019-10-15 11:08 | Trackback | Comments(0)

縄文語のかけらーその84 (通巻第769号)

 「ね」という語彙の探索を続けよう。旺文社「古語辞典・改訂新版」の「ね」の項目を再掲する。
▽ ね【子】(名詞)
 ①十二支の一番目。 ②時刻の名。真夜中の12時ごろの前後二時間。 ③方角の名。北。
...ね【音】(名詞) おと。声。ひびき。
《例文》「日入り果てて 風の音(おと)虫の音(ね)など はた (その趣の深いことは)言ふべきにあらず...」(枕草子・春は曙)
《現代語訳》日が落ち 暮れ果てて、風の音や虫の鳴き声など その趣の深いことと言ったら 何とも表現のしようもありません。

▼「ね(音)」の項目の参考として、以下の解説がある。極めて参考になる。しっかり読んで頂きたい。
《参考》「音(ね)」は元来、「哭(ね)」で泣き声のこと。「ね・なく」「ねをなく」などは、「泣き声を立てて泣く」意である。
これらは、同義の名詞と動詞を重ねて用いた言い方で、同様なものに「寝(い)を寝(ぬ)」などがある。
...なお、平安時代には、「おと」と「ね」の用法に(明確な)区別があって、風・鐘などの比較的大きい音には「おと」、楽器・人の泣き声・鳥や虫の声などには「ね」を用いた。

◎ ね【峰・嶺・根】(名詞)みね。山の頂。
  ね【根】(名詞) ①植物の根。 ②奥深い部分。 ③物事のはじまり。起源。根源。

☆ 「ね」と言う大和言葉の、その音(おん)の周辺に蟠(わだかま)る、古代人の観念、その息吹(いぶき)・息遣い(いきづかい)に何か感じ取られる所が有っただろうか。
...子、音、嶺、根と言う、意味合いの全くと言って良い程の違いを越え、その四つの同音語に共通する、その根底にドッカリと居座る大和人の、イヤ、縄文人の感性に何処か共鳴する部分が有っただろうか。
...これから暫くの間、この「ねのくに=根の国 ?」の探訪を一緒にして頂く訳だが、ここは大和人(やまとびと)や縄文人になった気になって、我がご先祖様たちの奥深い精神世界を覗き込んで頂きたい。

★ 「ね・の・くに」の根本義、それは「本源(おほ・もと)を成すもの」に尽きる。全てを産み出す母なる何者かである。
...次回以降、どんな展開になるか未だ私にも良く分かっていない。

    (次回につづく)

# by atteruy21 | 2019-10-14 11:36 | Trackback | Comments(0)

縄文語のかけらーその83 (通巻第768号)
 接頭辞「さ」の爽やかな湧き上がる力のイメージを感じ取って頂けただろうか。
...さて、その「さ」という接頭辞で飾られる「ね」という音(おん)は、果たしてどのような観念を表しているのだろうか。
 大和言葉(沖縄方言を含む)に於いて「ね」という言葉や音(おん)と言えば、幾つかのものが直ぐにも思い浮かぶ。

▽ ね...と言う音で表される言葉と言えば、根(ね)、子(ね)、音(ね)、嶺(ね)などがある。
...どうやら「ね」という音(おん)は、さまざまな意味を包(か)ねているようではあるが、漢字で表記すると、その漢字の字義に囚われて、肝腎の「ね」という大和言葉の本質的意味を見失う事になる。その事を警戒しなければならない。
...漢字の意味のその重なりあう部分に共通の意味が隠されている訳なのであって、その共通の意味の発見こそが、「ね」という言葉や音の本義、即ち中核をなす意義の把握に繋がるものであることは論をまたない。

▼ また、「ね」という音の原義は、「ね」と言う独立した言葉だけに限らず、複合語・合成語の中の「ね」の音も見逃してはならない。換言すれば古語辞典にハッキリそれと分かる形で「ね」の義を含む言葉が取り上げられるとは限らないと言う事である。

◎ 抽象論で、且つお説教じみた感じになって来たので、具体的に分かり易く述べよう。例えば、狐(きつね)や鼠(ネズミ)のような言葉である。導入部で取りあげる例なので、ここでは「キツネ」だけに絞って説明しよう。
...「き・つ・ね」と言うのは、分解すると「木(き)・つ(の)・ね(~の精)」となると考えられ、「木の精=木の神」という意味の言葉になる訳(わけ)である。なお、ここで言う「ね」という存在は、どうやら具体的には「小動物」を表しているようで、しかもそれは「沢山いる=殖(ふ)える」という観念を切り離し難く伴うもののようである。

☆ 詳しく言うと、キツネは森林や草原の精であり、山根(ヤマネ)は山の精だろう。何れも「いっぱい居る小動物」を指す。
...何故「いっぱい居る」という意味を伴うなどと言えるのか。それは、次の「ねずみ」という言葉で証明される。

★ 鼠は、なぜ「ねずみ」と言うのか。恐らく元は「ね・つ・み=子(ね)・つ・祇(み=神・精)」と言ったのだろう。
 ...ネズミは、干支(えと)では「子(ね)」と言う。鼠は、稲作文化の到来に伴って列島各地に広がった小動物だが、「ネズミ算」の言葉にあるように、繁殖力の旺盛な動物である。弥生の人たちはその繁殖力の神秘に注目して「子ツ祇」と名付けたのであろう。前に太陽を飲み込んでしまう魔物の登場するアイヌの民話を紹介したが、ウジャウジャ居た狐の仲間を、魔が太陽を飲み込もうとアングリと口を開けた刹那(せつな)、その開けた口にキツネを放り込むのだ。
 思えば、狐も、昔は森や草原にウジャウジャ居たのである。沢山いる者、子どもが殖える小動物、それがネズミでありキツネであると言うことにご賛同頂けるだろうか。     (次回につづく)

# by atteruy21 | 2019-10-13 12:45 | Trackback | Comments(0)

縄文語のかけらーその82 (通巻第767号)

 「さね」という言葉を観てみると、それは、先ず「さ+ね」と、二つの音節に分解ができ、その音節のそれぞれに大切な意味があるように思われる。その二つの音節の内、「さ」という音は、接頭辞として、大和言葉では特に大事な役割を果たすので、
「ね」という音の解析に先立って、先ず「さ」という音の方から古語辞典などにより詳しくその機能を調べてみる事にしたい。

▽ 旺文社「全訳古語辞典」より
...さ- (接頭辞) 
①(名詞・動詞・形容詞について)語調を整えたり意味を強めたりする。
《例文》佐保川に さばしる千鳥 夜更(よぐた)ちて 汝(な)が声聞けば 寝(い)ねがてなくに (萬葉・七・一一二四)
《現代語訳》佐保川にすばやく飛ぶ千鳥よ、夜が更けておまえの鳴く声を聞くと 眠ることが出来ないことなのに...
《例語》さ霧、さ遠し、さ鳴る、さ寝(ぬ)、さ乱る、さ百合、さ夜(よ)、さ青、さ躍(をど)る、さ小舟(をぶね)...。
②(名詞について)「若々しい」の意を添える。
《例文》石激 垂見之上乃 左和良妣乃 毛要出春尓 成来鴨 (萬葉・八・一四一八・志貴皇子)
 石走(いはばし)る 垂水(たるみ)の上の さわらびの 萌え出(い)づる春に なりにけるかも
《現代語訳》岩の上を激しく流れ落ちる滝の そのほとりの蕨が、芽を出す春に(早くも)なってしまったことだなあ...。
《例語》さ苗(なへ)、さ乙女(をとめ)。

▼ 上記の文に続き《参考》として次の文が続く。
...〈参考〉 ①には「小」の字、②には「早」をあてることがある。...とある。

◎ 萬葉集の歌の、麗(うるわ)しく芳(かぐわ)しい言葉の響きにご満足頂けただろうか。その余韻にいつまでも浸っていたい所だが、そう言う訳にも行かないので、「さ」の噺を深めよう。
 私は「さ」という接頭辞に、若々しい湧き立つ力、エネルギーを感じる。また、その力は我々に心地よい爽(さわ)やかさを感じさせる共通点がある。

☆ 名詞では、早苗、小百合、小夜(さよ)、狭霧(さぎり)。何れも麗しい乙女の名に使われる。
 一方、動詞や形容詞では、さ寝(ぬ)、さ躍る、さ鳴る、さ遠しなど、全て、我々にとって心地好さをもたらす事に繋がる行為や状態を表すのは偶然ではない。この「さ」の語感を踏まえ、次は「ね」の堅城の攻略に掛かりたい。
   (次回につづく)


# by atteruy21 | 2019-10-12 12:08 | Trackback | Comments(0)

縄文語のかけらーその81 (通巻第766号)

 相模野の原には獣(けもの)たちが駆け回り、相模湾は太平洋から魚群が押し寄せ、その魚の群れを狙って鳥たちも空に満ちた。
相模(さがむ)の地は、力に満ちた豊饒の海と大地であった。
...「さねさし」という枕詞は、このような自然を褒め称(たた)え、言祝く(ことほく)意味を持ったものと考えられる。
 
▽ 少し前に「さす」と言う大和言葉の意味を確認した。それは、現代のアイヌ語にも通じる意味も含んでいることが分かった。
この枕詞「さねさし」の一部の「さし」という音も、恐らく「さす」の活用形だろう。「さねさし」の中に於いても、「さす」という動詞の幾つかある意味の内の、いづれか一つ、ないし二つの意味を表しているのであろう。そう見るのが自然だと私は思う。
...ここでの「さす」という言葉の意味は、相模湾に「潮が満ちる」という観念を軸に、その観念を中核にして、何らかの新たな力が湧き上がり、溢れるを表しているのだと考えている。

▼ 何が満ち溢れ、湧き上がるというのか。その主語こそ「さね」なのだろう。相模(さがむ)の地は、海も野原も荒々しい命に溢れていた。
...「さね」という言葉は、その命をもたらす、命の源(もと)となるものを表しているに違いない。縄文から大和へ、古代の人々の生命観は、常に女性の懐(ふところ)に行き着く。命を産み育(はぐく)む女性の体内に不思議な生命力を見るのである。

◎ 余計な飾り文句は剥ぎ取って、スッキリ、単刀直入に言おう。「さね」、それは女性の性器の「陰核(さね)」のことである。
...日本列島の古代人は、女性の体内に満ち溢れてくる命の力を、生命力を、大切なものとして畏(おそ)れ、且つ敬った。
「さねさし」という枕詞は、この溢れる生命の力を表し、さがむの地の美称(ほめことば)となったのである。

☆ 「さね=核=実」という大和言葉の分析は、残りの紙幅が限られているので、詳しくは次回に語る事になる。
...ホンの入り口の触(さわ)りだけを、ヒントとして掲げよう。
...古語辞典
 さね...【核・実】(名詞) ①果実の種。 ②骨組み ③根本のもの。

★ 「さね」という言葉は、実は、更に細かく「 さ + ね 」と分析が可能で、これが、深い意味を持っていて面白い噺になる訳だが、残念ながら予告編はこれ迄とし、後は次回のお楽しみとなる。

   (次回につづく)

# by atteruy21 | 2019-10-11 10:21 | Trackback | Comments(0)