習俗の中に見る「縄文」ー14 (通巻第351号)

 「饐(す)ゆ」と言う大和言葉が有る。現代語の発音では「饐(す)える」となるが、御飯などが夏場に腐りかかって、嫌な臭いを発するようになるのを言う。今の人は炊飯器のお陰で、この饐えるという状態を経験しないで済んでいるが、五十年ほど前の時代には、高温多湿の日本の夏には、この「饐えメシ」は悩みの種だったのである。暑い夏の京都では都びとの生活の知恵で、「お茶漬け」だの「ぶぶづけ(湯漬け)」といった利口な食べ方が有った。京都千年の伝統の知恵は流石(さすが)である。

 この「饐ゆ」と言う言葉は、不思議な言葉である。そういう言い方が現(げん)に有るにも拘わらず、何と、古語辞典には載っていないのである。言わば「日陰者(ひかげもの)」の扱いを受けているのだが、それにはそれなりの理由が有るのである。それは、恐らく「饐ゆ(すゆ)」と言う発音が、大和言葉の発音の、或いはその表記の原則から外れていると言う観念が有ったからではないだろうか。日陰者の扱いを受けたのは、その二重母音の音(おん)そのものが卑しいものとして蔑(さげす)まれ、また、それを表記することが疎(うと)まれた為であろうと私は考えている。

...「饐ゆ」は、卑しい発音を避け、取りあえず格式を保った形に似せた、代用の、仮の姿の語彙であったと私は見ている。
 その卑しい発音とは、「 suye 」のことであり、その中の「 ye イェ 」と言う二重母音であった。この「 ye 」の発音とその表記を避けるため、一般的にはその字そのものを表記しない方法や、他の文字で置き換えるなど、例によって、大和言葉の表記の特殊性が活用されるのである。

 同じ二重母音でも、一定の文字化をされた、例えば「を wo 」などもあるが、「饐ゆ」という語彙の場合には「 ye 」に換えて「 iu = yu 」を用いたのである。ただ、この方法は古文の表記の原則から大きく外れる、言わば「邪道」を行くものであったから、結局、辞典の編纂者は正規の語彙の項目から外すという方法を採るしか無かったのである。

 さて、元の「なゐ」に戻ろう。この語は、恐らく「シン・ナイェ sir-naye (大地が萎える)」という縄文語が元になって出来た言葉なのだろう。従って「なゐ」は、実際には「 naye ナイェ 」と発音されたものだろうと私は見ている訳である。
 「イェ」の発音に近く、同一に近い音価をもつ「ゐ wi 」を代用したのである。
 「なゐ」は、「 naye ナイェ 」と読むのが、そう発音するのが元々の姿なのだと言うことにご理解が頂けたろうか。
  (次回につづく)

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# by atteruy21 | 2018-08-18 11:48

習俗の中に見る「縄文」ー13 (通巻第350号)
 地震(なゐ)という言葉の読み方で、「ゐ」の字のアルファベット表記に「 wi 」を用いた。この「ゐ」の字の発音というのは、通常の場合は文字の通り「ウィ」である。ところが、地震の意味を表す「なゐ」という言葉の中では、「な・うぃ」とならずに「な・いぇ」ないし「な・ゆ」と発音が変化するのである。「ゐ」という文字の摩訶(まか)不思議な性質がこの変化を引き起こす訳(わけ)なのだが、その不思議さの成り立ちの秘密を、これから一緒に解明してみようというのである。

...「エビ・フリャー」という言葉をご存じだろうか。名古屋弁で「海老フライ」のことである。「フライ」が何故「フリャー」になるのか。実は、古い日本語の二重母音の性質にその発音の変形の秘密が隠されているのである。古い日本語にふんだんに有った二重母音の、そのまた音韻転倒の為せる業(わざ)なのである。具体的に説明しよう。外来語のフライの発音を、古代日本語の二重母音の音韻転倒で説明しようというのは、そもそも無理があるのだが、分かりやすさの点から已(や)む無くするものであり、譬話だと思って聞いて頂きたい。
 音の転倒のことは、前にアイヌ語の例で説明した。「窓」に当たるアイヌ語は「 puray プライ 」ないし「 puyar プヤラ 」と言うのだが、「 r 」と「 y 」が「 a 」を軸にして見事に左右対称に転倒している。この関係を意識して、フライ→フリャーの変化の経過を想像して頂きたい。

...フライ hurai →フリア huria → フリャー hurya 。これが変化・転倒の経過であろうと私は考えている。単純化して言えば「 a → i 」の発音の順が「 i → a 」の順に転倒しただけの話なのである。
 
...そこで、いよいよ「ゐ」の出番なのだが、何度も言うように「ゐ」という音(おん)は単母音ではなく、微妙な二重母音なのである。「ゐ」をアルファベット表記すれば「 wi 」となる。しかしこの「ゐ」は、己(おのれ)自身の二重母音の内部で異なる二重母音に転倒するのである。具体的に説明しよう。「 w-i 」が「 i-w 」に逆転するのである。「ウィ」が「イウ = ユ 」に変化するという訳である。
 地震「なゐ」と言う語に言及しよう。早い理解のため、二重母音の w を u に置き換えることを許して頂きたい。音韻の転倒により「ナ・ウィ na-wi 」が「ナ・イウ = な・ゆ na-iu(yu)」(萎ゆ)と、語形が変わったのである。
「Sir nayu シンナユ=大地が萎える」と言う大和言葉の古い表現は、このようにして成立するのである。
 なお、「萎ゆ」と言う言葉に「ナイェ」と言う発音を対置する考え方がある。それが次の課題である。秘密を解くキーワードに
「饐(す)える」と言う言葉を取り上げよう。古語は「饐ゆ」と言うのだが、これがまた変なのである。 (次回につづく)

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# by atteruy21 | 2018-08-17 11:44

習俗の中に見る「縄文」ー12 (通巻第349号)

 平仮名の「ゐ」の読み方の特殊性について、やはり、きちんと説明して置かないと、この先の議論が噛み合わないと思うので、
もう少し続けよう。「わ行」の仮名の読み方は、現代語に無いものを含めて以下の通りである。
...平仮名の表記と、アルファベットによる発音の表記の併用により、実際の発音を頭の中で構築して頂きたい。

「 わ wa 」「 ゐ wi 」「 ー wu 」「 ゑ we 」「 を wo 」。...一応、現代語の「あ段」から」「お段」までの発音に準じて並べるとこうなるが、古語の発音と現代語の発音はかなりかけ離れているので、統一した表記にはもともと無理があるのである。
 一つ一つ対照して説明して行かないと、誤解の元になるので、よく聞いて考えて頂きたい。
...「 わ wa 」については、現代語とほぼ同じ発音なので、説明は要しまい。
  「 ゐ wi 」は、現代語と違って、「 ウィ 」に近い発音なので注意を要する。なお、「ゐ」は特殊な文字なのであとで詳述。
 「 ー wu 」は、現代語にも目立たない形で残滓(ざんさい=のこりかす)は有るのだが、表記法としては存在しない。
 「 ゑ we 」については、既に登場したが、実際の発音は「 ウェ 」であって「 エ 」ではない。
 「 を wo 」、こちらの方はパソコンなどの入力の際に、「~を」の表記で「w-o 」と打っているからお馴染みだろう。だが、
「を」の発音を現代語のように「お = o 」と発音してしまうと、大和の人々の発音にはならないのである。大和の人たちはこの「 を 」を、打込んだ文字通りに「ウウオ 」と発音していたのである。

...少し補足をして置こう。「居る」という言葉だが、これを何と読むか、どう発音するかという問題である。実は二通りの読み方、発音が有るのはご承知だろう。片方は、「 ゐる = wi-ru 」であり、もう一方は「 wo-ru = をる(をり) 」であって、両方とも居るという意味を表すのだが、身分社会の時代の言葉で複雑な使い分けの決まりがあるのだが、説明をすると何時間もかかりかねないので省くことにしたい。
 いずれにせよ、大和時代の人々は、「ゐ」と「を」は同じ流れの中にある音(おん)だと認識していたことが窺(うかが)われる。それは、わ行の音だということである。

 しかし、「ゐ」という文字の複雑さ、一筋縄では行かない悪い性格を、その大元から解明してやらないと、大和びとの細やかな心情は、中々理解ができないのである。「なゐ」という言葉の秘密、その成り立ちの特殊性が、この「ゐ」の解明によって明らかにされる訳である。それが次の大きな課題になるのである。  (次回につづく)

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# by atteruy21 | 2018-08-16 12:09

習俗の中に見る「縄文」ー11 (通巻第348号)

 日本の古語(大和言葉)では、地震を「なゐ」という。間違いを含むのだが、正解に至る道程になるので、旺文社の古語辞典で
「なゐ」の項を見てみよう。
...なゐ【地震】(名)地震。...とだけあり、続けて《参考》として以下の説明がされている。
「な(=地の意の古語)」に「ゐ(=居)」のついたもので、原義は大地。古く「なゐ震(ふ)る・なゐ揺(よ)る=大地が揺れる、地震が起こる」の形で用いられたが、のち、「なゐ」だけで地震の意になった。
 また、隣の項で「なゐ・ふる」を載せ、《自ラ四》大地が振動する。地震が起こる。...としている。

 辞典の記述としては、極めて異例の体裁(ていさい)をとっているのは、論理的説明に窮(きゅう)したからだと思われる。それは
「なゐ」という語彙を「大地」としたところに大きな誤りの出発点が有るのである。「なゐ」は名詞の大地に擬するのではなく、動詞の「萎(な)ゆ」に当てるべき語であった。「萎ゆ」は現代語の「萎える」の古語である。これも古語辞典で一応の確認をしておこう。
...なゆ【萎ゆ】[自ヤ下二]①(手足の)力がなくなって、くたくたになる。ぐったりする。②衣服などがくたくたになる。柔らかになる。③(植物が)しおれる。しなびる。

...「萎ゆ」は、よれよれになるを意味する。では、何がよれよれになるのか。それは勿論「大地が・縒(よ)れる」の筈である。
「なゐ」は縒れるをのみ意味しており、「何が...」は省かれている。実は省かれているのではなく、時の流れによって大和の人々には、古人の言葉の「しん・ないぇ」の「しん」の意味が既に分からなくなっており、後世の人の解釈の再構成によって、「なゐ」を大地として、「震(ふ)る」や「揺(よ)る」という動詞を述語に組み合わせた訳である。

...恐らくは、縄文の古語は、『しん・ないぇ sir-naye 大地が・萎(な)える 』、或いは『大地が・崩れる(縒れる)』を意味する言葉であったと私は考えている。もともと、「なゐ」の語は、現代語の発音でこそ「ない」と読まれるのだが、本来の古い発音は「ないぇ」と読むものであったのである。「ゐ」という文字も、単母音の「い」ではなく、微妙な二重母音の発音「 ye イェ 」ないし「ウィ wi 」と発音されたものだったと私は考えているのだ。「ゐ」は、語頭に立つときは「ウィ wi 」と、また、語中で母音の「あ」のあとに続くような場合には「イェ ye 」と発音される、変な語であり文字だったのだと私は信じているのだ。
  (次回につづく)

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# by atteruy21 | 2018-08-15 08:55

習俗の中に見る「縄文」ー9 (通巻第347号)

 縄文土器は、日本列島の住人の生活様式を一変させ、列島全体を覆う規模での言語の統一さえももたらしたと私は考えている。
またそれは、言語や文化を一万年以上にわたって継続させた日本列島の風土的特徴にも由来するものであったと考えられる。山や川、気候や季節の変化に溢れた日本列島の風土で、暑さ寒さの違いひとつを取ってみても、南北に長く連なった島である日本列島では、方言によって短期間のうちにかなりの言語の差異が生じると考えるのが自然であろう。だが、縄文時代には様々な指標から全国的規模での物資の交易が行われたことが実証されており、その背後にはかなりの部分で通訳のような存在無しに、意思疏通が図られていたと考えられるのである。

 季節や風土のかなりの違いに拘わらず、列島全土に通用するような言語を持ち得たのは、何らかの超自然のものに対する共通の観念があったからに違いない。それが何なのかは、今の私の理解の範囲を超えているから、想像の世界に留めておく他はない。
 ただ、日本列島の住人にとって、誰にも身近な自然現象であり、それが超自然の神の存在にも繋がるものがあることに着目し、その存在に列島人がどんな観念を抱いたかを知ることが、言語の統一をもたらす秘密に至るヒントがある、そんな気がするのだ。

 日本列島の大地の最大の特徴は何か。何処に在るのか。日本列島は火山列島である。従って、地震列島でもある。日本列島に次々とやって来ては住み着き、そして歴史から消えていった人々は、どんな言葉で地震を表したのだろうか。
 ...アイヌ語では地震をこのように表した。萱野茂氏の辞典では「 sirsimoymoye 或いは sirsimoye 」という言葉が載せられている。分析すると、「 sir-si-moymoye 大地が・自身を・揺らし揺らしする 」となろうか。この内、「 moymoye 」というのは、「 moye 体全体で動かす 」という語を重ね言葉にして、「動かし動かしする」と表現して、揺れ続ける状況を示しているのだと考えられる。

...そして、このアイヌ語の語句で、私は一つの日本の地名・山名を連想したのである。九州の何県だったか忘れてしまったが、火山活動で最近よく新聞にも載った「新燃岳(しんもえだけ)」という山である。昭和新山のように五十年、百年前に新たに火山活動を始めた山でもなさそうなので、「新しい火山」というのが命名の由来とは考えにくい。
 
 「 sir -moye 大地が・揺れる 」か、「大地を・揺らす」か、火山活動で山が鳴動する姿を示した命名なのではないのか。
それはまた、大和言葉の地震「なゐ」に繋がって行くからである。  (次回につづく)

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# by atteruy21 | 2018-08-14 20:48