人気ブログランキング |

縄文語のかけらーその31 (通巻第716号)

 自然界の事物の出す音(おと)やそれを見た様子が、人間が言葉を創り出す契機(けいき=きっかけ)となる。これがオノマトペア(擬音語・擬態語)と呼ばれる。民族によって、言語全体の中で擬音語や擬態語の占める割合は異なるものの、オノマトペを抜きに言語と言うものを語ることは出来ないと言われている。アイヌ語と日本語は、例えば風の音や水の流れる様子を、様々に工夫して言葉の音(おん)に採り入れ、類いの無い情感に溢れた言葉を造り出した。

▽ 前置きが長くなった。「 pika 」という言葉の正体を探る検証作業を開始しよう。「 pika ・ピカ 」という音を聴いて、何を思い浮かべるか。大和言葉との関連を見易くするため、「 pika 」は片仮名で「ピカ」と表記すること、閉音節(子音終りの語)に溢れたアイヌ語や「縄文語」の癖に合わせて、例えば「ピカッ(pikat)」や「ピカン(pikan)」を比較対象に加える事を許して頂きたい。
...「ピカッ」という擬音を聴いて、あなたは何を思い浮かべるだろうか。多くの方が先ずイメージするのが、例えば原爆の閃光(せんこう)だろう。一瞬にして十万に及ぶ人々の命と暮らしを葬り去った、あの恐ろしい閃(ひらめ)きを。広島の人々は、長崎の人たちは、原爆を、見た光景の通り、聞いた音のとおり「ピカドン」と呼んだ。未知の残虐無比の大量破壊兵器を、そう名付けたのである。それは、「原子爆弾」などという取り澄ました無味乾燥な言葉よりも、遥かに恐ろしい実感を伴うものであった。

▼ この「ピカッ」という音(おん)は、「強烈な光(ひかり)」という語義の他に、幾つかの別の意味合いを併せ持っているように思える。大事な点なので一つひとつ検証して行こう。なお、最初に出た閃光の「光(ひかり)」という語は、pikar → hikar(-u)という経過を辿って成立した言葉だということは言うまでも無い。

◎ 「ピカッ」という音が醸(かも)すもう一つの語感は、「瞬時の、瞬間の」という意味である。ピカッと光ると言うと、それは瞬(まばた)くような光り方を意味し、例えば、灯台が光をサッと投げかける、あの照らし方とは質が異なるのである。
...秋の夜空に輝く満月は、穏やかに耀いても、決してピカッとは光らないし、「ピカピカ」なものでもないのである。実は、「ピカッ」という日本語の擬音は、現代アイヌ語の「 pikan 素早い(動き)」に通じる、また、古い縄文語の直系の子孫に該たる由緒のある語彙なのである。

☆ ピカッと光ると言うのは、強烈な光であると共に、瞬間性の観念を含んでいる。この「瞬時の...」の語義が、「素早い」とか
「敏捷な」等を意味するアイヌ語の「 pikan-pikan 」に繋がって行く訳である。

   (次回につづく)

# by atteruy21 | 2019-08-21 15:20 | Trackback | Comments(0)

縄文語のかけらーその30 (通巻第715号)
 オノマトペ(擬音・擬態)が語彙を形成する重要な要素となると言っても、それはアイヌ語や大和言葉だけの例外的特徴なのではないか。そう思われる方も少なくないだろう。そこで、オノマトペが語源になると言うことが、決して例外的なものではなくて、世界の言語の多くに見られる現象であると言うことを、皆さんに知って頂く必要があると言うことに気が付いた。

▽ 「 pika 」という言葉の解析に入る前に、皆さんのそんな疑問にキチンと答えて置くことが先ず第一と思うので、他の言語、例えば英語でも、擬音などが単語を作ることが有るのか、一つの例を挙げるので、皆さん自身で考えて頂きたい。
...https ://www.exblog.jp  これは「エイチ・ティー・ティー・ピー・エス・コロン・スラッシュ・スラッシュ・ダブリュー・ダブリュー・ダブリュー・ドット・エクスブログ・ドット・ジェイ・ピー」と読むのが一般的だろう。

▼ いま利用している、この「エキサイトブログ」の言わば呼び出しの呪文だが、この内の少なくとも二つの言葉に擬音語ないし擬態語が含まれている。
...「 / (スラッシュ)」が先ず一つ。辞典で「 slash 」を引いてみよう。
 slash 動詞(他動詞)ズバリと切り込む
  ①~をさっと切る。深く切り込む。切り裂く。 ②(衣服)に切れ目を入れる。 ③(人を)こき下ろす。
  ④(価格・給料などを)大幅に削減する。 ⑤(本の内容など)を削除する、大改訂を加える。
 slash 動詞(自動詞)さっと切りつける、打ちかかる。
 slash 名詞 ①さっと切ること。一鞭(ひとむち)。深い切り傷。 ②(衣服の)切れ目。③大削減、切り下げ。 ④斜線。

◎ 日本刀で斜めに斬りつけた、日本語の印象で言えば、「シャッ」という擬音と言うか擬態と言うか、悩ましいのだが、私には英語の slash は「シャッ」と聞こえるのだ。だから slash に「斬りつける」だの「斜線」という意味があることに全く違和感が無いのである。もちろん、私の印象の「シャッ」ではなく、他の人がそれを「さっ」と聞き取っても「そうだろうな」と思う訳である。民族と言語の違いを越えて、同じような語感を醸すのは不思議である。

☆ dot の方も見てみよう。此方の方は、日本語と音韻的には離れているが、受ける印象は共感できるものがある。
...dot (名詞) ①点。ぽつ。 ②(モールス信号の)短音。ツー・トントンの「トン」。因みにツートントンの「ツー(長音)」は 「 dash ( ー )」と言う。 ③(点のように)小さいもの。
...dot (動詞) ①点を打つ。 ②~に点在する。
 英語の「 dot 」という発音は、日本語の「ポツン・ポツンと」という語感と、受ける印象は共通するものがあると私は思う。
英語に於いても、オノマトペは語の成立に大いに関わっていると言えないだろうか。  (次回につづく)


# by atteruy21 | 2019-08-20 12:02 | Trackback | Comments(0)

縄文語のかけらーその29 (通巻第714号)
 古い大和言葉の日方(ひかた)は、アイヌ語の pikata という言葉の宛字である等と言うと、国語学者や多くの言葉の専門家と言われる方々から批判とか非難の言葉が浴びせられよう。曰(いわ)く、「それは逆だ。アイヌ民族の方が、大和言葉の日方というコトバを借り受けたのだ」と声高に主張するだろう。

▽ 美しい大和言葉の「ひかた」という床しい語の響きに、野蛮なアイヌ達が憧れた結果に他ならないと。鉄器や米の生産の技術など、いわゆる「先進文化」とその言葉を、後進とされる民族が技術用語等の借用をすることは珍しくない。だから、大和文化の一部の事物をアイヌの先人達が真似て、言葉や技術を採り入れると言うことは大いにあり得る事である。

▼ しかし、この考え方は「文化の高低」なるものを一方的に決めつけると言う極めて危険な要素を孕(はら)むものであり、このブログの以前のシリーズでも、大和言葉の「神・迦微」とアイヌ語の「カムイ」とが、一体どちらがより古い由緒を持つものか、換言すればどちらが相手の言葉を借り入れたのかの判断は、慎重の上にも慎重を重ねて考えるべきものなのである。
...「カミ」という大和言葉の音韻の変化の過程を、万葉集などに残された古語の発音に宛てた漢字の音(おん)の分析によって、大和言葉のカミ(迦微)が、古くは二重母音の微妙な「カムイ ・ kamuy 」という発音であったことが証明され、著名な言語学者の大野晋博士の大熱弁にも関わらず、大和言葉の「かみ」は、どうもアイヌ語の借用だった可能性が高いという結論になったのは、記憶に新しい所である。

◎ 私は、アイヌ語の「 pikata 」に近似(きんじ)した音(おん)を持つ、未知の縄文語があったのではないかと考える。それは、「ピカタ」の音に近いのか、或いは「ひかた」の方が祖先の面影を湛(たた)えているのか判断に苦しむ所である。
...ただ、一つだけ言えることがある。大和言葉に於いても、語の発音の変化の歴史に見る限り、大和言葉の「ひかた」も、更に古くは「ぴかた」と発音されていた、そう言う蓋然性が高いと言うことである。「ママは昔、パパだった ‼」という、あの噺を思い出して頂きたいのである。

☆ ところで、「 pikata ピカタ 」という音を持つこの言葉の、語の中核を成す意義はいったい何だろうか。語彙が形成される、言葉の音韻を導き、その誘因を成す事柄は、いったいどんなものか。アイヌ語や日本語の語彙形成の一番の要因はなんだろうか。
...何度もこのブログでも強調したように、それは自然界の音などであり、オノマトペ(擬音語・擬態語」である。オノマトペアの多さに関しては、世界に言語の数多い中でも、日本語とアイヌ語は、その数の面でも種類の豊富さの点でも、他の如何なる言語の追随も許さない、世界に冠たるオノマトペ言語なのである。

★ 「pika ・ピカ 」という音を耳にして、あなたは一体、どんな状態を思い浮かべるか。...(次回につづく)

# by atteruy21 | 2019-08-19 13:00 | Trackback | Comments(0)

縄文語のかけらーその28 (通巻第713号)
 アイヌ語の「 ピカタ = pikata ・南の風 」という語彙は、素性のよく分からない不思議な言葉である。恐らくその観念の元となったのは「疾風・暴風」であり、南方から襲って来る「颱風(たいふう)」なのではなかったか、と私は思うのである。
...pika-ta という音のうち、「 pika 」の部分に「素速く動く」という観念が有ることは恐らく間違いの無い所である。また、それが疾風(はやて)という大和言葉と通じる可能性も否定されるべきでない。

▽ しかし、語尾の「 -ta 」の部分が、如何(いか)にも存在する理由に乏(とぼ)しいほか、そもそも pika という音(おん)自体に「疾風(はやて))」という語彙との音韻上の親和性が全く感じられない。これが、「 pikata 」と「はえ」が関連を持つことなど決してあり得ないとする、高くて大きな壁となる。
...そこで、ここは一つ、悔しくはあるけれど一歩退いて、「素早い動き・疾風」という観念から思い切って撤退して、別の観点から「 pikata 」に迫ってみようと思う。

▼ 実は、語源に関しては、意外な面白い言葉が大和言葉に有るのだ。アイヌ語の「 pikata ・ピカタ 」という音(おん)に似て、しかも「南の風」を意味する言葉が、大和言葉の古語に存在するのだ。

◎ 「ひかた」という言葉がある。早速に古語辞典の記述を見てみよう。
...ひかた【日方】(名詞)「日のある方向から吹く風」の意。風向きの名称。南西の風とも南東の風とも言うが未詳。...とある。
 天霧(あまぎ)らひ 日方(ひかた)吹くらし 水莖(みずくき)の 岡の水門(みなと)に 浪立ちわたる (万葉・七・一二三一)
《現代語訳》空を曇らせて 東南の風が吹いているらしい。遠賀(おか)川の河口に 波が一面に立っているよ。

☆ 「ひかた(日方)」という語を、この辞典のように単純に「日のある方向から吹く風」などと解してしまうのは、それは安易に過ぎるというものだろう。
 この辞典では特に理由を付さずに、それを南東、南西からの風としているが、『日(陽)のある方向』等という定義自体が、既に「眉唾もの(まゆつばもの)」である。日のある方向とは、一体どの方向を言うのか。
...私は、奈良時代には、既にこの「ひかた」の語義が当時の大和びとには意味の分からない、語源の不明な言葉となっており、例によって奈良の人にとって理解のできる解釈を施して、「日方」という宛字をしたのだろう。

★ アイヌ語の「ピカタ」、これも現代のアイヌの人々にはもう語の由来が分からなくなっているのだが、平安時代にもなると、この古い言葉の「ぴかた」には、宛てるべき漢字にも迷い、「陽のある方向=日方」とでも解釈するしか無かったのである。
    (次回につづく)

# by atteruy21 | 2019-08-18 08:33 | Trackback | Comments(0)

縄文語のかけらーその27 (通巻第712号)
 アイヌ語では南のことを何と言うのか。アイヌ語の「南」という観念は、自然界のどんな現象から導かれたものなのか。それが曖昧なまま、大して理由も示さずに大和言葉の「南風(はえ)」という言葉の細かな詮索の作業に私が入って行くことに、何かもどかしい、苛立(いらだ)たしい気持ちをお持ちになった方もおられよう。やはり、何を追求しているのか、我々がいったい、何処へ行こうとしているのかくらいは、皆さんの目の前にキチンと示さないと、あとについて行く身の皆さんには酷というものだろう。

▽ アイヌ語では、「南」の方角を「 pikata ピカタ 」と言ったのだろうと私は考えている。そして、それは、「南の風」という自然現象に由来し、より言葉の発生の原義に即して言えば、「南の風」と言うよりも「疾風(しっぷう=嵐)」を意味したのだと、そう私は考える。「 pikata 」という言葉を音韻的に分析すれば、「 pika + ta 」となると思われる。未だ「 -ta 」の意味を解析・特定するには至っていないので、pikata という語の語幹を成すと見られる「 pika 」という音(おん)を手懸かりに、この「 pikata 」という語の中核を成す意義を探り当てようと言うことになる。これが、我々の目的地である。なぜ「南風(はえ)」という言葉に拘(こだわ)るのか、それもおいおい理解されよう。

▼ 「 pikan ピカン 」という動詞(形容詞でもある)がある。中川辞典にお世話になろう。こう述べられている。
...ピカン pikan 【動詞1】すばやい ; 〈類語〉ニタン nitan 。
  ニタン nitan 【動詞1】(足が)速い ; 〈反対語〉モイレ moyre 。
ニタンは、専(もっぱ)ら足が早いことを指す。ピカン pikan は足も含めて、色々な動作について活発ですばやいことを指す。

◎ 生活実感を伴い母語に近い感覚で言葉を理解したと言われる最後のアイヌ語話者萱野茂氏のアイヌ語辞典に次の言葉がある。
...ピカンピカン【 pikan-pikan 】①身軽に動く。敏捷な動き(をする)。
Sonno ku-karkuhu pikan-pikan siri ku-nukar kor aynupata pewre pa wa sekor ku-yaynu .
本当に 私の甥の  敏捷な動きを 見ると  いいものだなあ若い者たちは、と私は思う。
②気が利(き)く。
...i-saptekur anakne sino pikan-pikan okkaypo isapte-p ne ,ko-eturenno iteki aynunumkeno apeetok wano niwa parorta
  給仕する人 は 本当に 気の利く 若者が 給仕する。 それとともに 絶対に人選びせずに 横座の方から庭の縁に
  an utar pakno isaptep-an pe ne .
  座っている人たちまで給仕するものだ。

☆ 大和言葉の「疾風(はやて)」について述べたことがある。南風(はえ)という言葉も強い風を意味するもののようだ。とすればアイヌ語の「 pika 」という音が素早いを意味しても何ら不思議は無い訳である。  (次回につづく)

# by atteruy21 | 2019-08-17 12:33 | Trackback | Comments(0)