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縄文語のかけらーその211 (通巻第896号)
 「せんだい」の語源、縄文語に繋がるかも知れないその言葉や音(おん)の解析の前に、「仙臺(せんだい)」という名がどうして命名されたのか、その漢字で書かれた語義を詳しく知ることが先ずもって肝心(かんじん)の事だろう。

▽ 織田信長の「岐阜」の命名の謂れを、皆さんも是非とも知りたくなるだろうなどと前回に挑発した。そうしたからには、その約束を先ず果たそうと思う。実は、伊達政宗の「仙臺」の命名の裏には、見果てぬ夢、天下取りの野望が隠されていたのである。
 信長の「岐阜」命名の謂れを知った政宗は、信長の向こうを張って「仙臺」を天下統一の拠点として名付けた訳である。勿論、地名の真意はカモフラージュして...。

▼ 岐阜の名に関連して、謎解きのキーワードは、先ず「金華山(きんかざん)」から始まる。
...インターネット検索 
 地名の由来22 「岐阜」の地名の意味とは? / 達人に訊け ! / 中日新聞
*金華山に上ってみると、こんな山の頂上になぜ、どのように城を造ったのかと不思議に思われます。これは現代人には考えられない発想です。もともとこの城は鎌倉時代に軍事用の砦として築かれたのが始まりとされています。

◎ この城が歴史に登場するのは、齊藤道三が天文八年(1539)に入城し、ここに居城した事によります。当時は「稲葉山城」と呼ばれていましたが、永禄十年(1567)織田信長が齋藤龍興と戦って勝利を収め、城下の「井之口」という地名を「岐阜」と改称したのでした。それにちなんで「稲葉山城」も「岐阜城」と改めました。...中略...
...この「岐阜」の名前は、尾張「政秀寺」を開山した沢彦宗恩(たくげん・そうおん)が、「岐山」、「岐陽」、「岐阜」という三つの地名を提案し、信長自身が選んだとされています。

☆ これは中国の故事にならったもので、周の時代に「岐山(きざん)」という所に都を築き、そこを拠点にして、殷(いん)の國を滅亡に追い込んだ縁起のいい地名とされています。...以下、省略。
...此処までの説明で、信長が周の縁起の良い都の名に肖(あやか)って「岐阜」の名を選んだのだと考えて、それで此処で納得してしまうと、更なる奥に在る真理には到達出来ないのである。

★ 実は、岐山や仙臺には天下取りの拠点の地となる為の、もう一つの飛躍、観念上の飛躍が必要となるのである。
...それは、「封禅(ほうぜん)」という宗教上の、且つ、政治上の概念を指すのだが、それは次回以降で語るしか無くなったようだ。
     (次回につづく)

# by atteruy21 | 2020-02-18 13:18 | Trackback | Comments(0)

縄文語のかけらーその210 (通巻第895号)

 縄文の古い言葉に由来する事柄を取り上げようと言うことで、一体どんな噺が良いのかと暫くの間悩んだ。そこで考えて見たのだが、それぞれの民族の古い言葉や発音が残り易いのは、何と言っても地名に残るのが一番だと言うから、やはり地名を巡る旅に出るのが賢明だと気が付いた。今度の旅は、東北の大都市・仙台を訪ねて見る事にした。

▽ 仙台って言うのは、比較的新しく出来た地名じゃあないのか? ...それがホントに古い言葉に繋がるのかね、と心配されるかも知れない。おっしゃる通りである。これから古い言葉に繋がると言う、その検証作業をして行こうという訳である。
...インターネット検索 「ニコニコ大百科 仙台市 」
 概要 仙台の地名の由来は、現在の太白区向山にある大満寺の虚空蔵堂に安置されている千体仏が「せんだい」の名の原点で、伊達家以前にこの地を治めていた国分氏が、「千体」→「千代」と名付け、その後、伊達政宗が岩出山からこの地に本拠を移した際に、中国の唐の時代の詩人の漢詩「同題仙遊観」の中の「仙臺初見五城樓」(の句)から採ったとされている。

▼  「同題仙遊観光」  「同じく仙遊観に題す」
... 仙臺初見五城樓  仙臺初めて見る五城樓
  風物凄凄宿雨収   風物凄凄(せいせい)として宿雨(しゅくう)収まる
  山色遥連秦樹晩  山色(さんしょく)遥かに連なる 秦樹(しんじゅ)の晩(くれ)
  砧聲近報漢宮秋  砧聲(ちんせい)近く報ず 漢宮(かんきゅう)の秋
  疎松影落空壇靜  疎松(そしょう)影落ちて 空壇浄(きよ)く
  細草香閑小洞幽  細草(さいそう)春(はる)香ぐわしくして 小洞(しょうどう)幽(かす)かなり
  何用別尋方外去  何(いずくん)ぞ用いん 別に方外(ほうがい)を尋ねて去るを
  人間亦自有丹丘  人間(じんかん)亦(また) 自(おの)ずから 丹丘(たんきゅう)有り

◎ ちなみに、仙臺とは仙人の住む台地の事を指し、五城樓の五城も昔は仙台を指す言葉として用いられたらしく、今も仙台東照宮隣の五城中学校などにその名が用いられている。
...(余録: 都市の名前を古代中国の地名、文献などを元に採用したのは、織田信長が稲葉山から改名した「岐阜」と、伊達政宗の改名の「仙臺」の2都市だけである。)

☆ こうなれば、織田信長の「岐阜」の命名の謂れの方も是非とも知りたくなるのは、人情と言うものだろう。
    (次回につづく)

# by atteruy21 | 2020-02-17 14:46 | Trackback | Comments(0)

縄文語のかけらーその209 (通巻第894号)

 「さつ・ま(薩摩)」という言葉が、「豊饒(ほうじょう)の・入江」とか「幸いの・港」とかを意味すると言うのは、どうしても認めざるを得ないと、そう思われた事だろう。この薩摩の港とも、そろそろお別れをする頃合いだと思うのだが、入江や港を意味する薩摩の「ま=澗・間」という言葉の他に、古い大和言葉で港を表す別の言葉をチェックしておく必要が有ると思う。

▽ 勿論、それには先ず、「港(みなと)」を挙げねばなるまい。「みなと」とは、漢字で書けば「水門(みなと)」となり、意味を細かく分析すれば、「み(水)・な(の)・と(門)=川や海・の・出入口」の意であり、転じて「船の停泊する所」となる訳である。
...この「船の停泊する所」の語義を表す地名で特徴的なものが、三戸(さんのへ)やら八戸(はちのへ)などの名で青森県に幾つかある。明治時代につけられた地名を含め、一時は一戸(いちのへ)から九戸(くのへ)まで九つの地名が揃ったと言う。

▼ 恐らく、これらの中でも「八戸(はちのへ)」と言うのが古くからの港の名で、それも、最も旧(ふる)い時代には「やへ」とか「やと」と呼ばれた場所であったようだ。八戸(はちのへ)は、素直に読むと「八番目の港」と解釈され、沿岸を航行する船が立ち寄る海港と多くの人は考える。

◎ だが、それは大きな誤解であって、そもそも六戸(ろくのへ)や七戸(しちのへ)は海辺には無く、海岸線から遠く内陸に食い込んだ場所に有るのである。これは舟の停泊する港には違いは無いのだが、川船の船着き場なのである。
...遡って八戸、旧くは「やへ・やと」とは、谷戸( yar-to =破れた・場所 )つまり、海岸線が複雑に入り組んだ、破れたような海岸の地形を指したのだと考えられる。

☆ 市川の真間の入江から始まって、鹿児島の錦江湾(きんこうわん)つまり薩摩の海まで、豊饒の海や船の集まる港を経めぐって来た。澗や間の噺はこの辺でお仕舞いにして、次回は気分を一新して新たな話題に取り組もう。地名を巡る噺か、それとも全く別の世界か。それは次回のお楽しみと言う事にしよう。

   (次回まで、何の噺になるか、お楽しみに...。)

# by atteruy21 | 2020-02-16 15:06 | Trackback | Comments(0)

縄文語のかけらーその208 (通巻第893号)

 今、大和言葉の「さつ(=矢)」と言う言葉と音(おん)が、実は古い朝鮮半島の言葉である「 sal (=矢) 」と言う言葉に由来するものだと言うことの検証を行っている。...その検証作業を進めるに当たって、便宜的必要性から朝鮮半島に行われた言語を表すのに「ハングル」と言う用語を用いた。これは、朝鮮半島の現在の分断された状況の中で、どちらか一方の国家の名称を冠した、例えば朝鮮語としたり、或いは韓国語と呼んだりしても、半島全体の言語を表すのに相応しいとは思われないと言う事情が有るからなのである。

▽ そんな事情をロクに説明もしないで、「ハングル」を言わば「 Korea の言語 」と言う位置付けで勝手に用いた訳である。
 ただ、「ハングル」という言葉を引き続き用いるについては、その元々の正しい意味を皆さんに知って置いて頂く事が何よりも必要だろう。
...ハングルと言うのは、実は言語を表す言葉ではなく、言わば「コリア語」を書き表す文字の事なのである。

▼ 「ハングル」は、統一した独自の文字を持たなかったコリアンの人々に、李氏朝鮮の第四代国王・世宗(セジョン)が制定した表音文字である。それは、「訓民正音」と呼ばれ、その意味する所は「民を訓(おし)える正しい音」である。定説は無いのだが、「ハン(偉大なる)・グル(文字)」とする説が有力であるらしい。ローマ字表記の仕方に似た合理的な文字の構成で、書かれた文字そのものの美しさも備え、例えば毛筆で縦書きしても十分に鑑賞に堪えるものである。

◎ ハングルの「 sal 」と日本語の「 sat(u )」の照応関係の証明を続けよう。(順不同)
* 殺人 〈ハングル〉sal・in サリン   〈日本語〉satu ・jin さつじん
* 発達 〈ハングル〉pal・ttal パルタル 〈日本語〉hat・tatu はったつ
* 一期 〈ハングル〉il ・ gi イルギ 一生涯・一期
     〈日本語〉 itigo いちご・いっき  一期一会(いちご・いちえ=生涯に一度だけの出合い)
* 一家 〈ハングル〉 il ・ga イルガ 一家・家族
     〈日本語〉 ikka いっか   一家・家族
* 一括 〈ハングル〉 il ・gwal イルグアル  〈日本語〉ikkatu いっかつ
* 統一 〈ハングル〉ttong ・il トングイル  〈日本語〉touitu とういつ
...サルと言うハングルが、日本に外来語として入るに当たり、列島人に発音のしやすい「さつ」という言葉に変化した。そう言う経過をあり得る事と認めて頂けるだろうか。
    (次回につづく)

# by atteruy21 | 2020-02-15 11:04 | Trackback | Comments(0)

縄文語のかけらーその207 (通巻第892号)

 知里幸惠「アイヌ神謡集・狐が自ら歌った謡」より(再掲)

...aynupitoutar usiyakko turpa kane iso-etapkar  iso-erimse ica-utar i-rura-utar utasatasa....
  人間たちが  みんな盛装して 海幸をば喜び舞い 海幸をば喜び躍り 肉を切る者、運ぶ者が 行き交って...
 *この場面は、アイヌの人々が神と崇(あが)めたシャチ(レプン・カムイ)が、人間たちの為に鯨を追い込んで浜に打ち上げ、
 それを村のアイヌたちが総出で盛装して浜に迎える所である。

▽ ここでは、「 iso 」という語は、「漁獲・収穫」と「漁獲の喜び」との双方の意味を表している。知里幸惠さんは、それを「海幸・うみさち」という優雅な言葉で表現されている。アイヌの喜びをよく捉えた美しい訳文だと私は思う。
...海幸(うみさち)と言うのは、あの「海幸彦・山幸彦」の物語に出てくる由緒ある言葉で、「うみ・さち」の言葉の「さち」の部分は、幸せ(しあわせ)という意味よりも、その幸せをもたらしてくれた生産用具、つまり、釣り針や糸、網などを意味する言葉だったと考えられている。

▼ つまり、「さち」というのは、生産活動に必要な道具、それも今まで見たことも無かったような優れた道具、「文明の利器」を指すのであって、日本神話に出てくる「海幸彦」と言う人物は、そうした漁猟の利器をたくさん持った、海洋民族ないし部族の王者だったと考えられる訳である。(以下、省略)

◎ ハングル(朝鮮語・韓国語)の「 sal (矢)」と言う言葉が、語尾を少し変えて「さつ・ sat(u )」の形で大和言葉に借用され、日本列島で用いられるようになった。その音韻の変化は、一定の法則に基づく必然の結果なのだろうか。隣り合う二つの民族なり人間集団が、互いの言葉を相手から取り入れる際に、自分たちの言語の発音体系に適合させて、つまり、自分たちにとって一番発音しやすいような形にして外来語を取り入れるのが普通である。
...ハングルと日本語の、例えば中国語を外来語として取り込む時の発音の癖を比較してみよう。

☆ 例として「日本」と「警察」と言う漢字の語を二つの民族はどういう発音で取り入れたか。
「警察」...〈ハングル〉 kyong-chal キョンチャル 〈日本語〉ケエサツ
「日本」...〈ハングル〉 il-bon イルボン   〈日本語〉ニッポン
...取り敢えず2語の比較だが、ハングルの「 l ・ル 」と日本語の「 tsu ・ツ( t ・ツ )」が照応関係に立つ事が分かる。
    (次回につづく)

# by atteruy21 | 2020-02-14 17:46 | Trackback | Comments(0)