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アイヌ語と日本語は兄弟(同系)の言語か、それとも他人か-89

「アイヌ語と日本語は他人である...」ってホントなの❓(その2)

 国語学の大家の大野晋教授が著した「日本語をさかのぼる」という本に、カムイと神の関係を「借用論」で断定的結論をつけた
興味深い叙述があるので紹介しよう。自分に都合のよい「結論先にありき」の大論陣だが、借用論とは何者であるかを良く教えて
くれる、反面教師としては名著であると言えよう。同書の第二部第三章の「信仰」から抜粋して引用する。
 ...「まず、カミという形が最も古い語形であるか否かから考えてみる。カミという語のミは乙類に属するもので、カミは奈良
時代には k a m‘i’の音であった。<私の註 この i につけたクオーテーション・マーク(‘i’)は、アイにウムラウトをつけたつもりのものです。ウムラウトを表示する技術が分からないので代用しました。> これはカミ(上)kami とは別音であるから、上にいますものがカミ(神)であるという語源説は成立しがたいことはすでに述べた。そこでカミという語の別形があるか否かをみると、カムカラ(神の品格)、カムサビ(神々しい様子である)、カムナガラ(神の意向のまま)、カムガカリ(神憑り)など、カムという
形がある。独立語としてはkam‘i’であり、複合語の場合には kamu である。...(中略)...
...これらの事実は母音‘i’が、古代日本語の基本的な母音でないことを示すもので、‘ i ’は、何らかの事情で後に発達した母音であることを想像させる。 kamu ~kam‘i’の関係に類似するのは、「身(む)」という語と「身(み)」との関係である。
「身実(むざね)」「身体(むくろ)=身幹(むくろ)」など「身(む)」という語があるが、これと「身(み)」との関係は、mu~m‘i’の対応で、まさにkamu ~kam‘i’の対応と同様である。「身」については、おそらく mu が古形で、m‘i ’がその変化形である。その変化は、mu の後ろに、独立名詞形を作る接尾語 i が加わって mui→m‘i’という変化が生じたものと思われる。
それと同様に、カミ(神)のkam‘i’という形は、おそらく古形kamu の下に、独立する名詞を作る接尾語 i が加わって、kamui→
Kam‘i’という変化の結果生じたものであろうと思う。
アイヌ語のカムイ(神)という語は、右の kamui の段階をそのまま取り入れたものであろう。...(以下省略)
 大野教授という碩学(せきがく=学問が広く深いこと)大家にして、このような表面的な理由付けしかしえないのは、悲しい事である。「カム」は元々、神の古語である独立名詞の「神(かむ)」であって、元々独立している「かむ」に、わざわざ独立名詞化を
する理由がないのである。ただ、独立名詞「カム」は、動詞に由来する、言わば不完全な所を残した名詞で、真の名詞に昇格するためには、今一つの名詞化が必要だったことは確かな事実である。
 次回では、アイヌ語の分析の中で、mui (muy)→mi の変化の秘密を解き明かしたいと思っている。

 (次回につづく)

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by atteruy21 | 2017-11-21 12:56 | Trackback | Comments(0)