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もっと知ろう‼アイヌのことーその1(アテルイについて⑪)

英雄アテルイについて(その⑪) 通巻第110号

 アテルイとモレの、相補い協力し合う関係への敬意を、神話的、文化的に表現したのが「オキキリムイ」と「サマユンクル」の
二神なのだろうと私は思っている。「サマユンクル」という名は、「側に付随(ふずい=付き従う)する神人」という意味である。
 アテルイとモレの実際の協力関係とは少しずれるのではあるが、恐らくはこの二神は、彼ら二英雄の姿を象(かたど)ったものであろう。さて、突然に登場した、この「オキキリムイ」というカムイについては、やはり一定の説明が必要になるだろう。

「オキキリムイ(オキクルミ)」という神格は、またの名を「アイヌラックル」と言い、別名「アエオイナカムイ」とも呼ばれる
多面的な性格を持った神である。その人間的な色々な悪い癖や、反面の愛すべき性格が、多くの物語を生み、多くの神名を生んだ所以であろう。
 私の着眼点が全くの的外れではないとすれば、少なくとも次のようなことが言えるのではないだろうか。それは、このカムイの物語には、実際に生き、戦い続けた、阿弖流為その人の性格と特徴を伝えている部分があるのではないか、という事である。
 阿弖流為の写し絵は、どのオイナに、どんな神謡に、どう描かれているのだろうか。
...知里幸惠のアイヌ神謡集に「兎が自ら歌った謡」という物語がある。主人公オキキリムイに悪さを働いた兎の兄を最後には許す話だが、一部をお読み頂きたい。
「ただの人間が仕掛けた弩(いしゆみ)だと思って、毎日毎日悪戯(いたずら)をしたのをオキキリムイは怒って、蓬(よもぎ)の小弓
で私を殺そうとしたのだが、私もただの身分の軽い神でもないのに、つまらない死に方、悪い死に方をしたら、私の親類のもの共も、困り惑うであろう事を不憫(ふびん=可哀想)に思って下されて、おかげで私が逃げても追いかけなかったのでありました。」
 この悪戯兎は、大和政権の侵略軍に対し、同胞と共には立ち上がりきれなかった、蝦夷(えみし)の長(おさ)たちを象徴しているのではないだろうか。阿弖流為は、これらの指導者を殺すような事はなかった。
 一方これに反し、時代を異にする別の英雄シャクシャインは、幕府の征討軍に対し、同胞と共に立ち上がることを拒み、或いは躊躇(ちゅうちょ)した指導者に対しては、厳しく糾弾(きゅうだん)し、敵と見なして攻撃したという。勿論、全道を巻き込んでの民族の存亡を賭した戦いに、共に戦い得ない者や協力を拒む勢力は、シャクシャインにとっては敵以外の何者でもなかったろう。
 シャクシャインについては、別項で取り上げる積りであるが、やはり神謠の中で、その峻烈(しゅんれつ)さを謳い上げる物語が
ある。英雄の行動と決断というのは、時代の流れの中で、情況に応じた様々な変化・展開を示すものなのだろう。
 阿弖流為の同胞に対する暖かな眼差(まなざ)し、一方シャクシャインの、侵略者に対する炎(ほのお)の視線、どちらも私は好き
である。アテルイの人間らしい(アイヌラックルな)所は、どの神謠に出てくるのか。   (次回につづく)

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by atteruy21 | 2017-12-13 15:52 | Trackback(9) | Comments(0)