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もっと知ろう‼アイヌのことーその1(アテルイについて⑭)

英雄アテルイについて(その⑭) 通巻第114号

 ポロオイナ(大伝)では、神人アイヌラックルは、自分の悪口を言った(と思った)二人の乙女神を打ち殺したものの、家へ帰ってふて寝していたと記述する。金田一氏もこの解釈を採っておられ、その子どもっぽさの表れと見ているようだ。母がわりに自分を育ててくれた姉神に向かって、子どものように駄々をこね続けたと描いているのだ。しかし、この見方は浅薄(せんぱく)であって
何らアイヌラックルの心の在処(ありか)と行動の動機の説明になっていないと私は思う。私は、この英雄譚が、頭初の語り口から
何代も語り継がれるうちに、今の形に変化したのだろうと思っている。崇め敬うべき英雄の姿としては、余りにも線が細いからである。なぜポイヤウンペ(=シャクシャイン)が唐突に登場したのかに想いを致せば、その理由は、自(おのず)から明白であろう。ポイヤウンペの場合は、このようには振る舞わなかっただろう。
 アイヌラックル(=阿弖流為)は撃ち殺した二人の乙女のことに思い悩み、食事もとれず、寝込み痩せ細ってしまったのである。この物語の当初の形は、恐らくは悩むアイヌラックルの姿をうたったものであったに違いない。ふて寝をしていただけであれば、衰弱して仇敵と闘えなくなるほどに痩せる事など、絶対にあり得ないのである。

 阿弖流為は、大和政権軍に対峙(たいじ)出来ず、心ならずも大和への協調の道を選んだ、同胞の内の一部勢力に、一度は攻撃を加えたものの、心は大きく揺れ動き、体調を損(そこ)なうようなことが、恐らく一度ならずあったのだろう。立ち上がれぬまでに痩せ細ったアイヌラックルの姿を心に思い浮かべるとき、阿弖流為の、悩める若人の人間性に、時を超えての深い同調の心情と、
敬愛の情を捧げたいと私は思う。

 さて、アテルイの神々しいばかりの姿だけに目を奪われていては、その真の姿、全体像は見えてこないだろう。「人間臭さ」の
その「臭さ」の依って来(きた)る所を解き明かさねば、アテルイの本当の魅力には行き着かないのである。
 アテルイの、神としての名、『オキキリムイ』の意味するものへの探索行動が是非とも必要になって来るのだが、それは勿論、
アイヌ語の分析によって為されなければならない。
 
 「 O - kikir - mu - i 」が、その名のアイヌ語の成り立ちであろうと、私は思っている。愉快な、変な名前だと思うのだが、
はて、あなたはどんな意味をこの語句に充てるだろうか。アテルイの人となりを示す名で、ちょっとユーモラスな名を。あなたの感性が問われるのだが、失敗を恐れず、色々に言葉をひねくり回して見よう。案外、一発で正解に到達するかも知れないのだ。
  (次回につづく)

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by atteruy21 | 2017-12-16 12:48 | Trackback | Comments(0)