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もっと知ろう‼アイヌのことーその3(アイヌ・日本の民俗とアイヌ語ー38)

通巻第200号  『モノ』という言葉についてーその12

 今まで、『モノ』という語はアイヌ語から消えてしまったと述べてきた。だが、この言い方は、実は正確なものではない。
 議論を進める上での共通の土台とした大前提を、勝手に反故(ほご)にするような形になって少し気が退けるのだが、『モノ』という語が徐々に人の口の端に昇らなくなり、最終的にアイヌ語からは消えてしまったと言うことではなく、「邪悪で厭うべきもの」という意味で『モノ』と言う語がアイヌ語で成立したことはなかった、というのが実際の経緯(いきさつ)に近いのである。

 不倶戴天(ふぐたいてん)という熟語がある。「倶(とも)に天を戴(いただ)かず = 一緒に生きては行けないほど恨む 」ということで、「不倶戴天の敵」などと用いられることが多い。古い時代のアイヌや沖縄の人々が、厭わしく、憎むべき疱瘡神とまで共生しようと考えたのに対して、本来、共に生きるべき身近な、自分のために働く人びとまでを、身分卑しいからと獣や化け物と変わらぬ「モノ」と見た、平安貴族の心の闇をあなたは想像できるだろうか。『モノ』というおぞましい妖怪は、怨みの霊魂は、この
心の闇に巣食うのである。

 沖縄の『ムン』が、おどろおどろしい魔を意味せず、何処となく人懐こい魔物であることの理由、アイヌの化け物が『モノ』という語彙・発音を持ち得なかった理由がお分かり頂けただろうか。

 「~する者」を表すアイヌ語は、「 - i 」や「 - kur 」などの語が有った。何れの語も幾分かの敬意を含む、敢えて訳せば、
「~する方(かた)」とすべきか。特に敬意を含まず、或いは相手を軽く見たり、愛すべき相手である場合に用いる「~する者」に
宛てる語は、接尾辞の「 - p 」ないし「 - pe 」である。
 この接尾辞「-p,-pe 」の実際の使用例を見てみよう。例えば、チロンヌップ(狐)である。細かく語彙の成り立ち(構成)を分析すると「 ci-ronnu-p 我らが・沢山捕る・もの」となる。ただ正確に言うと、語頭の「 ci-」は、通説では「我らが」を意味する
とされるが、実は、「誰もが」とか「誰にでも」と訳したほうがよいものである。ここでは説明する暇がないので、通説に従っておく。
 狐は、別の呼び名ではスマリ(シュマリ)というが、チロンヌップの方は、(ゴチャゴチャ一杯いて)「メッチャ捕れる奴」という
少し狐を軽(かろ)んじた、別の角度から言えば愛称とでも言うべき呼び名になるのである。このことは、前にも述べたことを覚えておいでの方も有るだろう。
  (次回につづく)



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by atteruy21 | 2018-03-12 21:18 | Trackback(2) | Comments(0)