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もっと知ろう‼アイヌのことーその3(アイヌ・日本の民俗とアイヌ語ー53)

通巻第215号 『モノ』という言葉についてーその27

 亡者(もうじゃ)という言葉が、昔は「まうじゃ」と表記され、その実際の発音は「まんじゃ」ないしは「まんざ」だったらしい
ことは何度も述べた。そこで気がかりな地名が念頭に浮かぶ。
...十数年前、家族四人で沖縄を訪れ、観光を楽しむとともに平和について考える機会をもった。「ひめゆり部隊」の悲しい話やガマという洞窟での住民の悲惨な運命を知るなど、戦争の愚かさを教えてくれる有益な旅だった。その一連の経験の中で特に強く印象に残った場所があった。
 沖縄本島中央部の西海岸、恩納村(おんなそん)に万座毛(まんざもう)という景勝地がある。第二次大戦最終盤、上陸した米軍に追い詰められ、一方、頼るべき日本軍からは逃げ込んだガマから追いたてられ、万事休した住民たちは万座毛の断崖から自ら身を投げて大勢の人が亡くなったと言うのである。

 万座毛は、海岸の洞窟状の奇岩の断崖の上が僅かに平地となり、そこに現在は芝生が覆っている景色のよい場所である。観光の案内板やガイドの人によれば、万座毛と言うのは、かつて琉球王が「万人が座するに足る」と言ったことが名前の由来だ、ということだった。
 その時は、そうなのかと思ったのだが、いま思い起こしてみると随分おかしな点が多いのである。先ず、「万座」だが、崖上の平坦な場所は、万人(御万人=うまんちゅ)が座するにしては狭すぎるのである。「毛(もう)」についても、「毛遊び」などが行われた場所だったと言った話もあったが、もし毛遊びが行われたような場所であれば、万人が「座する」とは言わない筈である。
「毛遊び(むうあしび)」というのは、大和言葉でいう「歌垣(うたがき)」の事で、若い男女が草原などに集まって交流する集いの事である。「毛(もう)」は確かに草原、野原の事であるから、「万座毛」が「大勢が集まる野原」を指すという考えは成立し得る
訳であるが、場所の広さの問題や「座する」という言葉を考えると、毛遊びに集まる野原という地名は、成立し得ないとの結論に到達せざるを得ないのである。

 結論に向かおう。「万座=まんざ」は、「亡者(まんざ=死者)の」を表し、「死者の野原」が「万座毛」の意味する所である。
既に述べたように、万座毛の周辺は海岸に並んだ洞窟群と、その前面に有る小さな島々から成る。恐らくは洞窟群と一体となって
葬送の地、風葬・草葬の地だったのだろう。海岸の洞窟は、沖縄の葬送儀礼に於ける風葬の場であったことはよく知られている。 同じことは、アイヌ民族の葬制・民俗にも見られる。海岸の洞窟は、あの世の入り口「 ahun ru paro 」とアイヌは考えていた
のである。     (次回につづく)

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by atteruy21 | 2018-03-27 19:23 | Trackback(7) | Comments(0)