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もっと知ろう‼アイヌのことーその3(アイヌ・日本の民俗とアイヌ語ー54)

通巻第216号 「たま」という言葉についてーその1

 「モノ」という言葉のアイヌ語との関連について、私なりの考えを述べてきた。「モノ = 鬼」について述べたからには、その対句というべき「たま = 魂」という言葉に触れなくては、バランスがとれないと言うものだろう。
 語彙「モノ」の、アイヌ語との関連という文脈で考えを進めてきた訳だから、この「たま(魂)」という言葉についても、どんなアイヌ語と関連を持つのか。そのアイヌ語の、何処が大和言葉や沖縄方言(琉球語)に似ているのかを、先ず目の前に示すのが手順
というものだろう。

 大和言葉の「たま」は、守備範囲の非常に広い野球選手のようなもので、内野手なのか外野手なのか、ピッチャーなのかも知れないと言うくらいのスーパー・ヒーローなのである。そうは言っても守備位置を決めてやらなければ試合は始まらないから、仮に
対応する相手方( counterpart )の語彙を特定してやらなければなるまい。「たま」は、魂、給、玉、賜など漢字で書けば数えきれないほどの意味をもつ。恐らくは最も中核をなす語義は「魂(たましい)」であろうから、ここではアイヌ語の相手方も魂を表す「 ramat (ラマッ)」ということで論を進めたいと思う。

 大和言葉の「たま」が広い守備範囲を持つのと同様に、アイヌ語の「ラマッ」も、その成り立ちを含めて、縦横に他の語彙との繋がりが有り、「魂」も「ラマッ」も互いに意味のズレがあるのであって、もともと明確なカウンター・パートと位置付けるのは無理なのかも知れないということは、頭に入れておいて頂きたい。
 
  •  なお、「だいたい、『たま』と『ラマッ』という語は、音韻的に似ている言葉だと言えるのか」、と疑問に思っておられる方が有るかも知れない。しかし、ご心配には及ばないのである。「たま」と「ラマッ」は、その中間に仮に「だま」という語を置いて考えると、音韻的には繋がっていると見ることは可能なのである。アイヌ語と日本語に限らず、似た発音をもつ子音の相互の転換と言うのは、言語現象の中では常に起こる、言わば常識に属する事柄である。
 具体的に言うと、語頭の T 音、D 音、R 音は転換、交替することがよく有るのである。それは、発語する時の口蓋の形や舌の位置などが似ていることから、人間の頭脳にそれらの語が似通って認識されることによると考えられているのである。

 これから、この「たま、だま、ラマッ」を中心に、大和言葉やウチナーグチ、アイヌ語に至るまで様々な民俗事象や言語現象を
検討、考証して行く事になるが、脳ミソを柔らかくほぐして(認知症に非ず)、一緒に考えて頂きたい。  (次回につづく)


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by atteruy21 | 2018-03-28 21:44 | Trackback(8) | Comments(0)