...sirokani-pe の「 pe 」と ran ran の「 ran 」の意味の取り違えが有るのである。
「 pe 」という言葉は、アイヌ語では水や水分を意味するので、これを滴(しずく = drop )と訳を付して誤りとは言えない。寧ろこの謡(うた)の全体的雰囲気からは好ましい名訳だと言えなくもない。ただし、「 ran 」という言葉が、「滴が落ちる」という観念と両立せず、滴が降(ふ)るという表現を許さないのである。
sirokani-pe の「 pe 」は、露(つゆ = dew )を当てるのが相応しい言葉である。...適当な英文があるので見ていただこう。
...The dew on the leaves of grass glistened in the morning light. 草の葉に宿る露は朝の光を受けてきらきらと輝いた。
...滴(しずく = drop )は、小さな水の塊を言うのであって、例えば、雨の水が滴(したた)り落ちるような時にも、「雨の滴」という。これに対し、露の方は、空中の水分が夜気(やき = 夜の冷えた空気)の冷たさに触れて水滴となったものだけを言う。只の水滴ではないのである。「 sirokani-pe ran ran 」を「銀の滴、降る、降る」と訳してはいけないと私が言うのは、「 ran 」という言葉が、単に落ちる(降る= drop )を意味するものでなくて、空気中の蒸気が夜の空気の冷たさに触れて、姿を変えて水滴になったものでなければならないからである。
ran は、姿を変えて目の前に現れるというのが中核概念になければならない。只の降(ふ)るでは露の神秘性を表し得ないということは、ご理解が頂けただろうか。