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アイヌ語と日本語の中に残る「縄文語」ーその434

縄文語のかけらーその53 (通巻第738号)
 反歌の紹介は一つだけにして、「萬葉集」に残る縄文語の痕跡という噺に、早速に入ろうとは思った。しかし、山上憶良という歌の聖人が、死に行く我が子への想いを込めた慟哭(どうこく)の歌を、心を洗う珠玉の名品を、しかも清川妙さんという清らかな魂が、心込めて伝えてくれる美しい解説文を、省いてしまうのは如何にも惜しい。もう少し、お付き合い頂こう。

▽ 清川妙の萬葉集「愛児への挽歌」の解説文(続き)
《反歌・第二首》
...布施置きて 我は祈ひ祷む(こひ・のむ) あざむかず 直に(ただに)率行き(いゆき)て 天道(あまぢ)知らしめ (九〇六・巻五)

▼ “布施”は僧への贈りもの。お布施を置いて、私は祈願を致します。どうぞ、あの子を違った道の方へ連れて行かず、本当の道の方に真っ直ぐに連れて行き、天への路(みち)を教えてやってください。
...この終わりの方の歌は、「山上憶良本人の歌かどうか、よく分からない。でも、憶良の歌の調(しら)べに良く似ているので、
ここに載せた」と、後書きに書かれている。

◎ 山上憶良といえば、子どもへの愛を歌った人として有名である。“宴(うたげ)を罷(まか)る歌”という前書きの次の歌は、
ご存じの方も多いことだろう。

...憶良らは 今は罷らむ子泣くらむ それその母も 我(わ)を待つらむぞ (三三七・巻三)
“憶良らは”は、憶良なんかはという意味。自分を謙遜して言っている感じがある。私のようなものは、もうこの辺で失礼致しましょう。今ごろは、子どもが泣いているでしょうし、その子の母、つまり妻も私を待っているでしょう。...以下、省略。

☆ ここからは、私の解説である。清川妙さんと較べ、品格の違いはご容赦(ようしゃ)頂こう。反歌の第一首の解説に戻ろう。
「若ければ...」と言うのは、(古日が)まだ幼いので...という意味である。古日は未だ小さいので、「道行き知らじ」...あの世への道は、行き方が分からないでしょう。

★ 「賄ひ(まひ=幣)はせむ」...贈り物はしますから、...ここで「まひ」という大和言葉が登場する。この「まひ」という言葉はアイヌ語の「 maw 息・烈風・恩恵 」と繋がる古い言葉であるが、その噺は次回以降に詳述しよう。

...先回りして、予告編を見せてしまうと、黄泉の国(したへ)の使ひの「した・へ」は、音(おん)こそ違え、アイヌ語の「 pokna
mosir 下方の・世界 = した・へ 」と全く同じ文の構成になっているのだ。  (次回につづく)

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by atteruy21 | 2019-09-13 11:56 | Trackback | Comments(0)