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アイヌ語と日本語の中に残る「縄文語」ーその586

縄文語のかけらーその205 (通巻第890号)
 ハングルの sal (矢)という言葉が、大和の人々にとっての同じ「矢」を表す語彙として、「さつ」という少し音韻の変化した形で借用され、外来語として用いられるようになったと考えられている。優れた製鉄技術によって作られた鋭利な鏃(やじり)は、正に驚異の眼を以て日本列島に迎えられたのである。そして、その新来の武器は、在来の「矢・や」という縄文由来の言葉を押し退け、大和言葉として独自の発展をして行く。「さつ」は、新しい支配者集団の武力、神聖な力の象徴となった訳である。

▽ 優れた武器である「さつ・や=得物矢」は、釣り針など他の利器と共に、狩猟や漁労の形態を変え、そこで用いられる言語をも変えたのだと前回に述べた。以前の私の論考で、その辺の事情が分かりやすく纏(まと)められたものが有るので再掲しよう。
...生産活動に見る縄文と弥生ー237(通巻第588号)
...漁るという言葉を何と読むか。「すなどる」と読み、「ゐざる」と発音し、また「いさる」とも語られた。
 大和言葉とアイヌ語で微妙に重なり合い、また異なる意味合いが「漁る」という一漢字に込められているのである。だが、この「漁る」という文字には、更にもう一つの別の読み方があって、これが縄文語に繋がるかも知れない、深く広い意味合いを我々に教えてくれるのである。

▼ あさる【漁る】(他ラ四) ①(動物が)えさを求める。②(人が)魚介や海藻などをとる。③物を探し求める。探し歩く。
...《例文①》 春の野に 漁(あさ)る雉(きぎし)の妻恋ひに おのが辺りを 人に知れつつ
《訳文》春の野で餌を求める雉が、妻を慕って鳴いて、それで自分の在り処(ありか)が人に知られるとは...。(だが、愚かなようではあっても、妻恋というものは心を打つものだなあ...。)
...《例文②》伊勢島や 潮干の潟に漁(あさ)りても 言ふかひなきは 我が身なりけり(源氏物語・須磨)
《訳文》伊勢の海の潮の引いた干潟で貝拾いをしても何の貝も無いように、(今さら)何を言っても甲斐の無いものは我が身の上であることよ...。

◎ この「あさる=漁る」の発音こそが、縄文の昔に遡る、古い由緒ある言葉なのだと私は推定している。ただ、それは「漁る」という言葉の全ての意味の祖先なのでなく、例えば「火を点(とも)してする(漁)」と言う意味を表す語彙とは、明らかに別の系統の言葉だという事に十分な注意が払われなければならないのである。

☆ この「あさる」という語彙は、「海辺で食糧となる物を調達する」という事を中心概念として成立したものであって、それは
「低い姿勢で、或る一点に留まって作業をする」という観念を意味の中核に据える「ゐざる」という言葉とは、その守備範囲に相当なズレが有ると言うことなのである。...以下、次回に。
   (次回につづく)

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by atteruy21 | 2020-02-12 10:48 | Trackback | Comments(0)