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アイヌ語と日本語の中に残る「縄文語」ーその590

縄文語のかけらーその209 (通巻第894号)

 「さつ・ま(薩摩)」という言葉が、「豊饒(ほうじょう)の・入江」とか「幸いの・港」とかを意味すると言うのは、どうしても認めざるを得ないと、そう思われた事だろう。この薩摩の港とも、そろそろお別れをする頃合いだと思うのだが、入江や港を意味する薩摩の「ま=澗・間」という言葉の他に、古い大和言葉で港を表す別の言葉をチェックしておく必要が有ると思う。

▽ 勿論、それには先ず、「港(みなと)」を挙げねばなるまい。「みなと」とは、漢字で書けば「水門(みなと)」となり、意味を細かく分析すれば、「み(水)・な(の)・と(門)=川や海・の・出入口」の意であり、転じて「船の停泊する所」となる訳である。
...この「船の停泊する所」の語義を表す地名で特徴的なものが、三戸(さんのへ)やら八戸(はちのへ)などの名で青森県に幾つかある。明治時代につけられた地名を含め、一時は一戸(いちのへ)から九戸(くのへ)まで九つの地名が揃ったと言う。

▼ 恐らく、これらの中でも「八戸(はちのへ)」と言うのが古くからの港の名で、それも、最も旧(ふる)い時代には「やへ」とか「やと」と呼ばれた場所であったようだ。八戸(はちのへ)は、素直に読むと「八番目の港」と解釈され、沿岸を航行する船が立ち寄る海港と多くの人は考える。

◎ だが、それは大きな誤解であって、そもそも六戸(ろくのへ)や七戸(しちのへ)は海辺には無く、海岸線から遠く内陸に食い込んだ場所に有るのである。これは舟の停泊する港には違いは無いのだが、川船の船着き場なのである。
...遡って八戸、旧くは「やへ・やと」とは、谷戸( yar-to =破れた・場所 )つまり、海岸線が複雑に入り組んだ、破れたような海岸の地形を指したのだと考えられる。

☆ 市川の真間の入江から始まって、鹿児島の錦江湾(きんこうわん)つまり薩摩の海まで、豊饒の海や船の集まる港を経めぐって来た。澗や間の噺はこの辺でお仕舞いにして、次回は気分を一新して新たな話題に取り組もう。地名を巡る噺か、それとも全く別の世界か。それは次回のお楽しみと言う事にしよう。

   (次回まで、何の噺になるか、お楽しみに...。)

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by atteruy21 | 2020-02-16 15:06 | Trackback | Comments(0)