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アイヌ語と日本語の中に残る「縄文語」ーその1126

縄文語のかけらーその746 (通巻第1431号)

 2008年7月18日 北海道大学アイヌ・先住民研究センター講演会
  「アイヌ語の文法書を作る」 講師 佐藤知己氏(北大大学院文学研究科・准教授) (そのごく一部を無断引用)
...アイヌ語と直接関係の無い話題が続いて恐縮ですが、もう少しご辛抱下さい。
 子供の頃の私が昆虫を異常に好んだことは既に述べましたが、私が住んでいた所は国道近くの町中で、昭和30年代後半、40年代と言えども、家が密集していて森や川などは無く、本格的な自然に触れるような環境は皆無でした。

▽ 崖の下の小さな洞窟
...しかし、印象深いのは1 km ほど離れた所にごく小さな牧場があり、その牧場の外れが崖になっていて、木が鬱蒼と茂っている場所があったことです。
 ✳ まわりがほとんど全て住宅地になっている中で、この辺りの一角だけが崖地のため、全く手付かずのまま残っていたのでしょう。樹種は分かりませんが、恐らくニレ類のような見事な太い広葉樹が急な崖に密集していて、昼でも中は薄暗く、ちょっと怖いような場所でした。
 🔶 特筆すべきは、火山灰質のこの崖の麓(ふもと)に洞窟が在って、そこから水が湧き出ていたことです。

▼ 洞窟と湧き水
...この湧水は、小さな流れとなって200 m ほど離れた所にある大きな溜め池に流れ込んでいました。私はこの場所に何故か非常に引き付けられ、さすがに雪が積もる冬は除きますが、春、夏、秋と、小学校時代の数年間、ほとんど毎朝、来る日も来る日もこの場所へ通いました。
 🔷 洞窟は(奥行き)10 m ほどで、中に入ると子供でも立って居られないぐらい狭いので、奥まで入った事は有りませんでしたが、子供心にも、この場所が特別な所であるように感じていました。《今にして思えば、このような場所は、アイヌ語で mem 「泉地(ちなみに、私の千歳方言の資料の中では、 ukurmem という地名の一部としてしか例がない)」と呼ばれるような場所だったのでしょう。》

◎ あの世の入り口「 ahun ru paro (地下へ)入って行く・道・~の口 」
...或いは、洞窟はいわゆる「あの世の入り口」(千歳方言では ahun-poru )と呼ばれるような所だったかも知れません。今でも出来るものなら、この場所をもう一度見たい、と思っています。(以下、省略)
 🔻 次回に、あの世の入り口への詳しい案内を貴方にもして差し上げよう。折りしも死者たちが帰って来るお盆の季節だから。
    (次回につづく)

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by atteruy21 | 2021-08-11 11:29 | Trackback(2) | Comments(0)