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アイヌ語と日本語の中に残る「縄文語」ーその1413

縄文語のかけらーその1033 (通巻第1717号)
 このブログの3回前の記事で、秋田県男鹿地方の「👹なまはげ」の話題を取り上げた。サラッと読んで通り過ぎてしまった方が大半だったろうが、実は、「 まろうど・ marapto 」と言う語の成立の秘密が此処からも推察できるから取り上げたのである。
 ⭕ 【なまはげ】の正体...家々を一軒ずつ回って福を授ける神、それが「まろうど」❗

▽ marapto は、熊の頭だけではない ‼
...熊送りの祭壇に置かれるマラプトは、「熊の頭」である。熊送りの主役は熊なのだから当然の事ではある。だが送りの対象は熊だけに限らない。梟の送りも有れば他の動物の送りもある。
 🔺 鳥や獣の頭骨をキレイに洗って飾りつけ、祭壇に置く習俗がアイヌ社会にはあった。人間(アイヌ)の許(もと)を訪れて、客人となり獲物となった、肉や毛皮を人間の許に持ってきてくれた獣や鳥たちへの人間の感謝の標(しるし)であった。
 これをアイヌの先人は【 marapto 】= 客人と呼んだ。

▼ 「時を定めて人間の許を訪れる」の観念は、何処から来たのか ❓
...稀人(まれびと= marapto )は、一軒一軒の家をそれぞれに訪れるというのが最も大切な観念である。と同時に、もう一つの重要な要素は、時をおいて稀にやって来ると言うのが、それこそ【稀人】の大事な指標になる。
 🔴 普通は年に一度、正月や特定の日に「まれびと」はやって来る。この「稀に」の観念の出所はいったい何処だろうか。
 ...神が一軒一軒の家を訪れると言うのは、縄文時代にまで遡り得る古い観念だろう。狩猟採集活動が人々の生産活動であったからで、狩りの獲物と言うのは、どの家の狩人にも公平に恩恵を与えてくれるチャンスをくれるものだからだ。

◎ 農耕社会になって初めて、神は年に一回だけやって来るようになった ‼
...神(カムイ)が歳に一回だけ人間の許を訪れるようになったのは、穀物を含む農業生産が行われるようになった、恐らく縄文時代の後期、晩期に成立した観念だろう。
 🔷 米などの穀物が稔り、それを喜び合う人々は神に感謝する宴を開いた。勿論、穀物の神はその祭りの主役として人々に迎えられたのは当然の事である。

☆ 稔りの祝いは年に一度、だからカムイは年に一度訪れる ❗
...ただ、地方によっては年に二回、穀物の収穫をする事があり、そう言う場合は神は年に二回、人間の村にやって来る。
 ✳ アイヌ語に夏の年( sak-pa )と冬の歳( mata-pa )と言う年の観念があり、それは一年を二年と数える考え方だ。
 次回は、ちょっとだけその辺を語ろう。
    (次回につづく)

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by atteruy21 | 2022-05-27 11:10 | Trackback(2) | Comments(0)