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アイヌ語と日本語の中に残る「縄文語」ーその1655

縄文語のかけらーその1275 (通巻第1977号)
 現代に残る東北方言の「こだし」という言葉が、何と実は、古く大和の時代に端を発する「ほだし=絆し」という言葉から来たものである可能性もあるということに、貴方のご同意は頂けるだろうか。そして、それが更にアイヌ語の「 saranip 」の表す意味に重なると言うことに納得して頂けるだろうか。

▽ 縄文から弥生へ ~ 魂送り(たまおくり)の観念の変遷について
...古代の🗾日本列島では、草や木の皮で編んだ袋に死者の体を包んで、それで魂送りをしたのではないか、沖縄でも、アイヌの先人たちが暮らした北の大地に於いても...。そう私は述べて来た。
 🔺 だが、こういう疑問の声が当然に湧き上がるだろう。縄文時代の後期にも、また、弥生時代に入ってからは、土器の中に死者の遺体を入れて墓に葬った、その歴史的事実をどう考えるのかと...。

▼ 弥生時代に増えた甕棺(みかかん=瓶棺)
...古代の遺跡等を発掘すると、人の遺体を瓶(かめ)に入れて葬るケースが現れる。特に身分の高い貴人の墓や、赤ん坊や幼い子どもを瓶に入れて葬ったものが多く発掘される。
 🔷 火山灰に覆われた日本列島では、酸性の強い土壌の為に人間の骨などが溶けてしまって残りにくく、だから考古学などでは先史時代の人骨が少なく、研究に支障をきたす事が多いと言う。

◎ 高貴な人や愛しい幼児の遺骸は大切に瓶に入れて葬った ‼
...縄文の人々は、愛しい家族であっても、死んでしまえば魔の世界へ行ったのであり、早く自然に帰してやらねば人に災いをもたらすと考えた。悪い臭いが漂わぬうちに、一刻も早く葬ってやらねば、天の国へは行けぬと。天の国へ行けねば祟りが有ると。
 だから、草や木の力を借りて早く清らかな白骨にしてやるのだと。
 ⭕ だが、時代が進んで弥生の頃になると、人の遺体は必ずしも悪魔の存在ではなく、その徳を称えて遺体を丁重に天の国へ送らなくてはならぬと、そう考えるようになったようだ。

☆ 高貴な人は、あの世でも現世と同じ暮らしをする ❓
...弥生時代にもなると、生産力が発展し人々の間に富の格差が生じた。あの大王(おほきみ)は、あの世でも偉大な大王で、それに相応しい暮らしがあの世でもつづくのだ。
 🔶 だから、貴人の遺体は朽ち果て腐るに任せず、瓶などに入れて丁重に葬ることにしたのだ。
...なお、説明が遅れたが、甕棺(みかかん)の「甕(みか)」と言うのは、「瓶(かめ)」と同義であり、甕棺を別の言葉で「甕(かめ)棺」と言う。   (次回につづく Suy u-nukar-an ro ! )

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by atteruy21 | 2023-02-03 14:02 | Trackback | Comments(0)