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アイヌ語雑感 ー 3

大好きな人たちーその3 (前テーマ通巻第2003号)
 金子みすゞと知里幸惠...私の大好きな二人の女性詩人である。このブログに覗きに来る程の人は、知里幸惠さんの名前くらいはご存知だろうが、今の若い方には、彼女が一体どんな生き方をした人なのか、余り知らないと言うのが本当の所だろう。
 ⭕ そこで、二人の作品の紹介をする前に、特に知里幸惠さんの人となりの話をして置こうと思ったのである。

▽ 知里幸惠さんのこと~金田一京助 (岩波文庫【アイヌ神謡集】より一部引用)
...知里幸惠さんは、石狩の近文(ちかふみ)の部落に住むアイヌの娘さんです。故郷は胆振(いぶり)の室蘭線に温泉で著名な登別で、そこの豪族ハエプト翁の孫娘と生まれたのです。
 🔷 お父さんの知里高吉さんは発明な進歩的な人だったので、早く時勢を洞察し率先して旧習を改め、鋭意新文明の吸収に努められましたから、幸惠さんは幼い時からそう云う空気の中に育ちました。

▼ その母系は、幌別村の大酋長で有名なカンナリ翁を祖翁とし、...
...生みのお母さんは、その姉さん(金成マツ)と一緒に早く函館へ出て、英人ネトルシプ師の伝道学校に修学し、日本語や日本文はもちろんの事、ローマ字や英語の知識も得、ことに敬虔なクリスチャンとして種族きっての立派な婦人です。
 🔺 その人々をお母さんと伯母さんに持った幸惠さんは、信者の子と生まれて信者の家に育ち...(中略)

◎ 幸惠の墓の前にて
...今、雑司ヶ谷の奥、一むらの椎の木立の下に、大正十一年九月十九日、行年二十歳、知里幸惠之墓と刻んだ一基の墓石が立っている。幸惠さんは遂にその宿痾(しゅくあ)の為に、東京の寓(仮住まい)で亡くなられたのである。しかもその日まで手を離さなかった本書の原稿は、こうして幸惠さんの絶筆となった。
 🔵 種族内のその人の手に成るアイヌ語の唯一のこの記録は、どんな意味からもとこしえの宝玉である。
 ...唯(ただ)この宝玉をば、神様が惜しんで、たった一粒しか我々に恵まれなかった。
     大正十二年七月十四日 京助追記

☆ 幸惠も金子みすゞも、世間的な意味では幸せな生涯ではなかった ❗
...素晴らしい詩編を遺(のこ)した二人の女性は、世間的な標準では幸せな生涯を送ったとは言えなかった。特に金子みすゞの場合は、服毒して自ら命を絶った。心を洗う麗しい詩編を遺した若い女性が、なぜそんな死を選んだのか。
 🔶 だが、にも関わらず、みすゞの詩は悲しみの先に、苦しみを突き抜けた所に不思議な明るさを湛えている。
 ...次回は、みすゞの作品を改めて取り上げてみよう。
     (次回につづく Suy u-nukar-an ro ! )

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by atteruy21 | 2023-03-01 13:25 | Trackback | Comments(0)