人気ブログランキング | 話題のタグを見る

アイヌ語雑感 ー 4

大好きな人たちーその4 (通巻第2004号)
 なぜ私が知里幸惠と金子みすゞを取り上げるのか、多くの人は不思議に思うだろう。因みに、金子みすゞはアイヌの血を引く人ではないし、アイヌ文化やアイヌ語に何らかの形で関わった人でもなかったと思われる。
 🔺 金子みすゞや知里幸惠の作品を味わって頂く前に、彼女たち二人の奇(く)しき因縁のようなものを垣間見て頂くのも意味のある事だろう。

▽ 二人が生を享(う)けた年は、同じ年(明治36年) ❗
...彼女たち二人の出生の周辺を、先ず見ておこう。
 知里幸惠  1903年(明治36年)6月8日~1922年(大正11年)9月18日 北海道登別で生まれる。
 金子みすゞ 1903年(明治36年)4月11日~1930年(昭和5年)3月10日 山口県大津郡仙崎村で出生。
 🔷 先ず、金子みすゞの方から噺を始めよう。

▼ 金子みすゞが生まれた村の噺 ~みすゞに与えた影響を探る
...Wikipedia で「金子みすゞ」で検索して頂くと、次の記述に出会う。その「作品」の項をクリックすると...
 ⭕ 代表作には「私と小鳥と鈴と」や「大漁」などがある。
 仙崎は古くから捕鯨で成り立っていた漁師の村であった。鯨に対する畏敬の念から鯨墓が存在する。金子みすゞは鯨の供養のために鯨法会をする地域の慣わしに感銘し、「鯨法会(くじら・ほうえ)」と言う作品を書いている。
 自然とともに生き、小さないのちを慈しむ思い。いのち無きものへの優しいまなざしが金子みすゞの詩集の原点とも言われ、「お魚」、「大漁」などに繋がっている。

◎ 金子みすゞ作品 【鯨法会】
... 鯨法会は春のくれ 海に飛び魚採れるころ 
  浜のお寺で鳴る鐘が、ゆれて水面(みなも)をわたるとき
  村の漁師が羽織着て、浜のお寺へ急ぐとき
  沖で鯨の子がひとり、その鳴る鐘を聞きながら
  死んだ父さま母(かあ)さまを
  こいし、こいしと泣いてます。
  海のおもてを鐘の音(ね)は、海のどこまで響くやら

☆ みすゞの悲しみの原点、次回ももう少しその辺を考えてみよう。   (次回につづく・ Suy u-nukar-an ro ! )

名前
URL
削除用パスワード
by atteruy21 | 2023-03-02 13:47 | Trackback | Comments(0)