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アイヌ語雑感 ー 28

(2)アイヌ語の周辺ーその20 (通巻第2028号)
 🚢 【 pencay =弁財船 】の意味が分かり、その船のイメージが皆さんの脳裏に湧いた所で、此処でもう一つの和人の船である《 rokundew =ロクンデウ 》の方も、一体どんな様子をしているのか知りたくなるのが人情と言うものだろう。

▽ 源平合戦の時代の船の在りようから類推する ‼
...アイヌ語のロクンデウ(=ロクンテ)と呼ばれた船については、確かな文献資料が存在しない。それは和人の船を見たアイヌの人々の眼に映った印象から作られた言葉であり、文字を持たなかったアイヌにとっては文献が無いことは必然だったのである。
 🔺 アイヌ語のロクンテが、何時の時代の和船を指したものかが特定できない中にあって、それでもなお、古い時代の和人の船の大まかな様子くらいは想像できないかと考えてみた。

▼ 参考になりそうなサイトがあった ❗
...私なりに考えて思い浮かぶ所が有って、「源平合戦当時の船の構造」と打ち込んでインターネット検索をしてみた。
 🔷 有った ! イメージの湧くサイトが ‼
 神戸市文書舘 源平特集 ; 合戦と武具
 ...その長い文章の中程に、「船戦(ふないくさ)」の項目があり、眼が釘付けになった。

◎ 船戦(ふな・いくさ)
...源平時代の船戦と言えば、壇ノ浦合戦である。と言っても、海戦についてはその具体像を考えるための手掛かりは少ない。
 とは言え、船戦の戦闘法としては、やはり先ず船上から矢を射合い、(そして)相手の船に乗り込み、太刀や長刀による打ち物戦(うちものせん)や組討ち戦(くみうちせん)になると言うのが一般的なのであろう。
 ⭕ 時には鉄熊手(てつくまで)で相手の舟を引き寄せるといったことも行われたであろう。

☆ 軍事作戦に使用された船と言っても...
...また、当時は軍事用の特別な構造の船などは無く、年貢などを運ぶ輸送船がそのまま使用されたらしい。
🔵 それは「準構造船」と言って、船底部は木をくりぬいた刳船(くりぶね)で、船体の幅が狭い為に両舷に『セガイ』と呼ばれる張りだしを設けて、楫(かじ)を漕ぐ水手(かこ=水夫)や舵取り(かんどり)はその上に座ったらしい。
 つまり彼らは完全に無防備な状態にあった。

★ 壇之浦の合戦で採った義経の作戦は ...❓
...続きは残念ながら次回に。   (次回につづく ・ Suy u-nukar-an ro ! )

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by atteruy21 | 2023-03-27 11:21 | Trackback | Comments(0)