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アイヌ語雑感 ー 29

(2)アイヌ語の周辺ーその21 (通巻第2029号)

 壇ノ浦の海戦における源義経の戦法は有名である。現代の若者にとっては「ナニ、それ ? 」と言うことになってしまったが、第二次世界大戦を経験した世代の人々にとっては、子どもでも知っている有名な話だったのである。
 🔵 当時の常識破りだった禁じ手の戦法

▽ 非戦闘員であった水主(かこ=舟の漕ぎ手)を先ず血祭りに ❗
...源平合戦の時代、互いに殺し合う戦場に於いても、敵も味方も守らねばならぬ戦の掟があった。
 🔺 当時の船戦(ふないくさ)にあっては、戦い殺し合うのは武人だけであった。舟を操り武器や兵を運ぶ水主(かこ)と呼ばれた人々や集団は、戦場にあっても非戦闘員であって、戦の殺し合いには関わらなかった。

▼ 非戦闘員だから、水主(=水夫)の首を取っても手柄にはならなかった ❗
...昔、戦場で敵の兵を討ち取ると、武士は必ずその兵の首を取って腰にぶら下げるなどをした。あとで論功行賞の際に首の数で褒美が出るからだ。
 🔷 だが、その首が水主のものだと、これは戦闘員ではないので手柄にはならないのだ。だから、武士たちは何の手柄にもならない非戦闘員の水夫の首など取ろうと言う発想すら浮かばなかった訳である。

◎ 義経はその「水主」や舵取り(かんどり)を殺すことを優先した ❗
...ナゼ、水夫や舵取りが戦闘員に数えられなかったのか ?
⭕ これは、水夫などが直接に戦闘に加わらないからと言う訳ではない。それはこの仕事に従事する人々が、戦をする将軍たちから雇われたり、報酬を得て水夫などをしているのではないからで、それらの人は武人でもなく臨時的に徴発された一般の農民だったり漁民だったりしたからである。

☆ 戦う両陣営とも、「徴発した農民・漁民は殺さない」のが共通の約束事 ‼
...その約束事を義経は平然と反故(ほご)にした。
 🔶 とは言え、義経の新戦法は当時の戦の常識を覆した革命的戦略で、これ以降、海戦の在り方を抜本的に変革し戦場の様子を変えたのである。

★ 義経の新戦法 ~ それは後に織田信長の戦略にも影響を及ぼした ❓
...次回はその辺りを語ろう❗ ( Suy u-nukar-an ro ! )

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by atteruy21 | 2023-03-28 16:28 | Trackback | Comments(0)