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アイヌ語雑感ー710  ペウタンゲ(危急を知らせる叫び)という語の原義に迫る‼️(222)  《通巻第2710号》

🤱 アイヌ女性の誰にも具わると信じられた、超自然の不思議な力に就いて考える❗️(その81)
 アイヌ語 “ Kuta ” と大和言葉の【くた】の、意外に強い親縁関係を語る ❢ (その41)
 .... アイヌの英雄詩曲の【虎杖丸の曲】の、皆さんにとっては長い文の読み解きを終えて、さぞお疲れになった事だろう。次回は元の話題に戻ろうと言った訳だが、話の途中で次々と新たな話題に飛び付いて、話の内容を広げ過ぎてしまった為に、元の話題に帰ろうと言っても、どの話題に戻るのか、私にも分からなくなってしまったのだ。
 🔺 順序が少し変わってしまうかも知れないが、中途で終わって結論を未だ述べていないものとして、アイヌ語の“ kuta ” と大和言葉の【くた】の共通点と違いの話を取り上げ、今度こそハッキリ決着をつけよう ❗️ そう思ったのだ。

▽ “ mun kuta usi ” は【ゴミ捨て場】ではない‼️
.... 萱野辞典に、【 ムンクタウシ】と言う言葉が載っている。茅野さんの訳では北海道方言に合わせて、「ゴミ捨て場」ではなく、 
【ゴミ投げ場】と記述されている。北海道では、ゴミを「捨てる」に替えて、ゴミを【投げる】と言うのが普通だからだ。
 🟢 草や雑草、そしてゴミは “ mun ” と言い、“ kuta ” は捨てる、イヤ、投げるを意味するし、最後の“ usi ” は「〜する所」の意味だから、通して訳せば【ゴミ投げ場】になる。何の不都合が有るか.... と言うわけである。

▼ Mun は【ゴミ】ではないし、 Kuta も「捨てる」の意味ではない ‼️❓️
.... 誰も疑問に思わない、「ムンクタ」=「ゴミを捨てる」の解釈に異議あり ‼️
 ⭕️ 実は、“ Mun kuta usi ” =ムンクタウシと言う言葉、イヤ、言い回しは古くからの言葉ではなく、近代に、イヤどちらかと言うと現代に成立したと言っても過言ではない、新しい言い方なのである。
 .... 前に、厳密な意味での「ゴミ」=廃棄物と言う観念は、旧来のアイヌ社会には存在しなかったと私は述べた。 
 
◎ 昭和二十年代、我が家にはゴミ箱が無かった ⁉️
.... 私が未だ小さな少年であった頃、貧しい家であった我が家には、、紙ゴミだとか食べ物の残り滓などを含めて、ゴミとして捨てるべき何者もなく、家の内外にはゴミ箱等も無かった。
 🔶 これは何も、我が家に限った事ではなく、近所の家で屋外にゴミ箱を備えている家は、比較的裕福な家と見られる2〜3軒の家だけだった。普通の家の暮らしでは、、戦後間もない時代では、ゴミの処理が問題となるほど、物が出回っていなかったのだ。
 戦後復興が軌道に乗り、高度成長の波が及ぶようになって、ごみ問題も嫌でも庶民の家にも押し寄せることになったのだ。

☪️ アイヌ語の“ Mun kuta ” には、別の意味が有った ❓️
.... 萱野茂辞典には、“ クタ・ Kuta ” の項が有って、そこにはこう書かれている。 
 🔵 クタ 【 Kuta 】
 ①剥(は)がれる。 チマ クタ = かさぶたが剥がれる。この場合のクタと言うのは、同じ「剥がれる」でも、チマクタにのみ用いられる言葉で、別の物が剥がれる時は「ソソ」、或いは「ソㇱケ」、「メㇱケ」と言う。
 ②(入っている水を)空ける。流す。こぼす。
 ③捨てる。 ムンクタ=ごみを捨てる。

✡️ 最後の母語話者と言われた萱野さんにして、誤解をまぬがれなかった ⁉️
.... 誤解と言っても、萱野さんの時代にはもう既に古い時代の【ムンクタ】の習慣や言葉の理解は失われ、ムンクタも現代の我々と同じ意味でアイヌ語話者に捉えられて居たから、、萱野さんに間違いの責任を問う訳には行かない。
 🌠 では、その古い時代の kuta や mun ―kuta の意味は、イッタイどんなものだったのだろう。明確な根拠となる言葉や観念は遺っていない。 
 次回は、お馴染みの「トンでも語源論」の登場である。ウーンと唸らせる鋭い論建てか、それとも思わず吹き出してしまうお笑いの理由付けか、それは次回以降のお楽しみである。
  ( 次回につづく ・ Suy unukar an ro !!)

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by atteruy21 | 2025-08-16 16:50 | Trackback | Comments(0)