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アイヌ語雑感 ー 756 ペウタンゲ(危急を知らせる叫び)と言う語の原義に迫る‼️ (267)  《通巻第2756号》

🤱 アイヌ女性の誰にも具わると信じられた、超自然の不思議な力に就いて考える❗️(127)
 アイヌ語 “ Kuta ” と大和言葉の【くた】の間に横たわる、意外に深い親縁関係に注目する ‼️(その87)
 ☘️ Kup-ka (=鍬)と言う語の語源を逐って ⚠️(続きーその8)

▽ Kuwa =「墓標」という言葉の由来を考える ⁉️(続きー2)
.... アイヌ民族の葬制の内、Kuwa を墓の上に立てる習慣は、どんな意味をもって出来上がったのか、それを今、探求している。
 🔺 どうやらそれは、亡くなった人の冥福を祈ると言うよりは、寧(むし)ろ、古くは死者が蘇り、地上の生者に取り憑いて祟りを為すことを防ぐ為の呪具の役割りを持つ物だったらしい事が分かって来たのだ。

▼ 弥生時代の甕(かめ)棺に見る 〜 死者を送る二つの異なる態度・感情 ❗️
.... 縄文時代の遺跡で発掘される人骨の特徴を見る限り、死者に対する当時の人びとの想いは、矢張り、死を恐れる観念が先行する
ものであった事が強く窺われる。
 🟢 埋葬の仕方に見る 〜 縄文と弥生の違い ❢
 縄文遺跡から出土する人骨は、どんな姿で埋葬されているが。縄文の埋葬では、遺骸は腕と膝を折り曲げられ、石を抱かされているか、石を抱いて居ない場合も、恰(あたか)も抱いているかのような姿勢で葬られている。
 ソレは実は、岩や石を遺骸の上に乗せて、遺骸が起き上がって墓の外へ出て来ないようにすると言う考えに基づく、呪術的行為であるのだが、今日的な常識ではだれもが納得する考えとはならない。

◎ ソレでは、一時代過ぎた弥生時代の埋葬を見てみよう ⁉️
.... 弥生時代の人の埋葬には、特に死者が小さな子どもである場合に顕著となるが、遺骸を土に埋める時も、ただ穴を掘って其処に遺体を放り込むような形が影を潜め、愛しい我が子を優しく土器の甕(かめ)の中に座らせて、そして土に埋めることが多くなった。
 🔵 遺体を甕に入れるようになったのは、恐らくは亡くなった可愛い子どもが雨に濡れて寒い思いをしないで済むようにと言う、せめてもの親の心であったのだろう。
 .... そう言うと、当時の母親の気持ちを想像して、縄文の母親は何故、子どもの埋葬に土器を使おうとしなかったのかと、ふしぎに思うかも知れない。だが、それは要らぬ心配なのだ。
 縄文の母親は、小さな子どもが亡くなった時は、墓地に埋めず親の住む家の土間の隅などに小さな穴を掘って、何時でも親たちの声が聴こえる、そんな場所に小児の遺骸を埋めたのだ。
 家の中だから、雨風に晒(さら)されて子供が震えて泣くことも無かった訳である。

☪️ 甕棺の中の首の無い死体や矢を撃ち込まれた遺骸をどう見る ⁉️
.... 土器に収められた遺骸だからと言って、魂の平安を祈る行為だとは限らない。時代が降って弥生時代にもなると、戦争の時代に突入するのだ。何と、体中に矢を撃ち込まれた遺骸が、そのママ瓶に入れて埋められていたり、中には首を切られ体中に切り傷の痕が骨にまで達した遺骨が多数存在するのだ。
 戦争の犠牲者を埋葬したのだろうが、通常、戦って死んだ兵の遺骸を葬るのであれば、刺さった矢を抜き取り、取られた首も何とか探し出して、名誉ある遺体として神の国へ送ろうと考える筈である。
 ⭕️ 此処で分かる事は、甕棺にはいった遺体と言えども、死骸は矢張りマモノであって、 .... 以下、次回に
    ( Suy unukar an ro !)

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by atteruy21 | 2025-10-18 17:09 | Trackback | Comments(0)