人気ブログランキング | 話題のタグを見る

アイヌ語雑感ー816  アイヌ語 “ Kuta ” と大和言葉の【くた】をめぐる面白い噺ーその7  《通巻第2816号》

☘️ 緑肥(りょくひ)の噺(続きー5)
.... 英語の Weed と言う言葉を調べてみると、それには「雑草」という意味があるほか、その語源になった観念の「役に立たない」だの、更に「邪魔なもの」などの意味があり、その意味の拡がりに伴い、その邪魔なものを「取り除く」、「排除する」と言う動詞を生むまでに発展して来たのだと言うことが分かった。

▽ アイヌの先人たちは、雑草を邪魔者とは考えなかった ‼️
.... 既に述べたように、アイヌ古人はこの世に在るどんな存在もカムイやその働きの顕(あらわ)れであると見ていたから、役に立たないから打ち捨てる.... と言った薄情な態度は採らず、雑草たちにも花が咲いた後には、役に立てる場所や機会を与えたのである。
 ☘️ その一つが、これまで述べてきた【緑肥】としての雑草の役割である。
 農作物のゆたかな稔りを邪魔する存在から、農作物の成長を助けるもの、ソレも我が身を犠牲にして農産物を豊作に導く者として大いなる変身、価値転換を果たしたのである。

▼ アイヌ語 “ Mun − kuta ” の本当の意味を探る ⁉️
.... 古人の使っていた言葉や言い回しの中で、現代では正しい意味や価値が見失われて、卑小な形で生き残っていることばがある。
 🔺 それは例えば Mun-kuta と言うアイヌ語の言い回しで、現代では、その本来持っていた筈の美しい、芳しい意味合いを身から剥がされ、「ゴミを捨てる」と言う価値の乏しい表現に貶(おとし)められている。
 もう、この“ Mun-kuta ” の意味した本来の意味、原意が何であるのか、今は読者の皆さんにも見当が付く事だろう。
  そうなのだ ⚠️ 【ムン・クタ】は、【草を・大地に帰す(還す)】を意味する、アイヌ語の雅語だったのである。

◎ 物や生き物を命の循環に還す ❗️ 〜 それが Kuta ないし Cari と言う言葉
.... 役に立たぬと思われる只の野草を、田や畑に鋤き込んで役立つ肥料に使ってやる。それをムンクタとアイヌの先人たちは呼び慣わして敬意を表した。後の世にその美しい意味合いを忘れたアイヌの子孫たちが悪者だとは言わないが、歴史の進歩の陰にはそんな皮肉が決して少なくないのだ。
 🔵 ムンクタと同じような皮肉な語の意味の変化が、他の事柄にも起こるものなのだろうか。
  .... それが、矢張り農業の世界で有ったことが、漁業の世界でも起こるのだ。そう思われる例をこれから紹介しよう。

☪️ 稚魚を川や海へ還す ⁉️ 地名からアイヌの生活観を探る ❢
.... 私の大好きなアイヌ民族の英雄、シベチャリのシャクシャインの噺である。
 松前藩の圧政に抗し、アイヌ民族の多くの人びとを糾合し、戦いに立ち上がったシャクシャインと言う英雄がいた。
 🟢 そのシャクシャインが活躍した地を、古くはシベチャリと言った。
 シベチャリは、現在で言う新ひだか町で、明治の頃は静内(シズナイ)町と呼ばれたが、元々のアイヌ語の名前では、シベチャリと
呼ばれた土地であった。 (以下、次回に)
  (次回につづく ・ Suy unukar an ro !! )

名前
URL
削除用パスワード
by atteruy21 | 2026-02-15 14:10 | Trackback | Comments(0)