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縄文語のかけらーその189 (通巻第874号)
 夜這いと言うのはユーモラスな言葉であり、私は決して嫌いではないのだが、少し品格には欠けるし、縄文人由来のおおらかな性意識を表すものでもない。ここは矢張、「婚(よば)ひ」と言う由緒ある言葉を分析して、古い大和の庶民の恋愛や結婚に対する意識を知って置くことが求められるだろう。
...「妻問ひ婚」という言葉をご存じだろうか。古語辞典を覗いてみよう。

▽ つま-どひ【妻問ひ】(名詞) 異性を恋慕(こい・した)って言い寄ること。求婚。また、妻または恋人のもとへ通うこと。
...秋萩の 咲きたる野辺は さ男鹿(さをしか)そ 露(つゆ)を分けつつ 妻問ひしける (萬葉・巻十・二一五七)
《現代語訳》 秋萩の咲いている野辺では、雄鹿が(野の草の)露を掻き分けては、妻のもとへ通っていることよ...。
《補足語註》 さ男鹿...名詞の「雄鹿」に接頭辞の「さ」が付いたもの。「さ」は、被修飾語に「好ましいもの」の意味合いを加える。従って、ここでは「若い雄鹿」とか「美しい雄鹿」を意味する事になる。

▼ 古い日本列島の習慣では、結婚や婚活は現代と異なり、女性が嫁(よめ)として男性の家に入るのではなく、男性が一定の期間女性の家へ通い、女性の家に何らかの貢献をした後(のち)、初めて女性と新たに所帯(しょたい)を持つと言うのが一般的だった。 これを「通ひ婚」と言い、また「妻問ひ」とも言った。この制度は、恐らくは縄文の時代からの庶民の風習で、後の大和でも、例えば源氏物語などにも、女の許(もと)で一夜を過ごした公達(きんだち)が夜明けに自分の家へ帰って行く場面がよく描かれる。

◎ 妻問ひは、縄文の昔の、女権・母権( Mutter-schaft )が未だ健在であった頃の名残を留めた制度であると私は思っている。
 ...古い母権社会の「女丈夫(おんな・じょうぶ)」の噺は、皆さんも、もう耳に胝(たこ)が出来て、蛸焼きになってしまったかも知れない。この「女丈夫」と言う言葉は、あまり一般的な熟語でなく、普通の言い方では「女傑(じょけつ)」に該当するのだが、アイヌ語の「 katkemat 」に相応しい訳語が見当たらないため、敢えて私が造語的に用いている言葉である。
 女性が輝いていた時代の社会の在り方を分かりやすく示してくれる、その具体的人間像、女性像が「カッケマッ = katkemat 」だと言う訳である。

☆ 父権の絶対であった中国社会や朝鮮半島の文化と異なり、日本列島では後の時代まで、女性優位の母権の強い風習が残った。
...恐らく朝鮮半島の南部から日本列島に渡って来て、優れた武器や稲作を中心とした高い生産力に支えられて原住の人々を東に或いは北へと逐(お)い、大和に権力を樹立するに至った天皇家の祖先や貴族の人々は、父権最優先の社会を列島に持ち込もうとしたであろう。
★ だが、圧倒的多数を占める原住の人々、つまり、後の東北の阿弖流為(アテルイ)や手児名の時代の先人達は、直ぐには父権最優先を受け入れず、権力者も母権に一目(いちもく)置かざるを得なかった。   (次回につづく)

by atteruy21 | 2020-01-27 14:45 | Trackback | Comments(0)