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縄文語のかけらーその190 (通巻第875号)
 結婚前の若い女性が、自分の部屋を訪れた不特定の男性と、カラッとした雰囲気で性関係を持つこと、それを当たり前のこととして許すという社会の風潮があり、それが結婚や男女交際を巡る風習や性風俗になった訳である。
...見方によっては、女性の側から、共に暮らす事になるかも知れない相手の男の、その品定めをする事が出来る制度だと言えなくもない訳で、そう言う意味で女性本位の、女性優位の約束事と言えると私は考える。家族の形成は、女性が主導するのだ。

▽ 結婚や男女交際を巡る、こうした社会的風潮を頭の隅に置きながら、手児名の妻問ひの情況を家族の立場で考えてみよう。
...手児名の父が、娘のために伏屋を立てたのは、年頃を迎えた我が娘への、せめてもの償(つくな)いの想いを込めた行為だったのではないか。
 手児名は、他の家の娘達とは違って、娘らしく唇に紅を点(さ)し、可愛らしい髪飾りをつけるのはおろか、髪をとかす余裕さえ無く、ただ家の為に立ち働く毎日であったのだ。

▼ 父や母は、せめて人並みの娘らしい暮らしを手児名に味わわせてやりたかった。せめて娘らしく、若い男性と華やぐ語らいをさせてやりたい。だから、家の事は心配しないで婿とりの準備をしなさいと...。お前のために粗末でも伏屋を作ろうと...。
  *勝鹿の眞間娘子の墓を過ぐる時、山部宿禰赤人の作る歌一首(萬葉・巻三・四三一)
...古(いにしへ)に 在りけむ人の 倭文幡(しつはた)の
  帯解きかへて 伏屋立て 妻問ひしけむ 葛飾(かづしか)の
  眞間の手児名が 奥つ城(おくつき)を... 

◎ 今となっては、手児名の置かれた情況が、皆さんの脳裡(のうり)にも鮮やかに思い浮かんだ事だろう。
...手児名が、娘を思う両親の「妻問ひ」の勧めを、どう受け止めたのか、今となっては誰にも分からない。手児名に寄せる両親の切ない思いは、彼女の胸に迫っただろう。嬉しい気持ちと、でも、私が家を出る事になったら、親の暮らしや弟、妹の面倒は誰が見るのか。冷たい海で海藻を採り、機(はた)で布を織る肩の凝る毎日の仕事は、いったい誰が...。

☆ そんな思いに手児名は胸を痛めていたのではないか。或いは手児名にも、幼い頃から好意を寄せ合う若者が有ったのかも知れない。或いは手児名の美貌にのぼせ上がった国府の役人の、金と権力に任(まか)せた強引な求婚が有ったのかも知れない。
...市川の真間のごく近くに、当時の国府が在った。現在では「市川市国府台(こうのだい)」という地名が残っている。手児名を歌う萬葉の歌人たちは、この地に赴任した中央の役人から手児名の噺を聞かされていたのだろう。辺境の地の一少女の噂が、遠く離れた都の役人たちの関心をそそったのである。それほどに手児名は美しく、哀しみを誘う運命を生きたと言うことだろう。
   (次回につづく)

by atteruy21 | 2020-01-28 12:55 | Trackback(3) | Comments(0)