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縄文語のかけらーその193 (通巻第878号)
 「わらべうた」と言うと、やはり、小さな子ども達がお兄ちゃんやお姉ちゃん達の真似をして遊んだ「花いちもんめ」が思い出される。その由来については諸説が有って定まらないと言う。私は、この遊びというのは、筑波の歌垣の流れを汲む、若者たちの男女交際の行事を、小さな子ども達が真似をして出来た遊びだと思っている。この事は前にも述べたので覚えておられる方もあるだろう。

▽ 「ずいずいずっころばし」の唄も、意味不明の言葉の連続で解釈に難儀する不思議な唄だ。子供の歌なんて言うものは、元々大した意味も無いんだよ、などと高(たか)を括(くく)っていると、ドッコイ、そこには社会的な意味が隠されていたりすることも有るから、扱いをおろそかに出来ないのである。
...この唄は、お茶壺道中での切捨御免に見られるような幕府の専制、理不尽な武家社会の在り方に対する、積もり積もった江戸の庶民の怨念と憤(いきどお)りを、罪の無い子どもの唄に託(かこ)つけて揶揄(やゆ)し嘲笑したものである。お茶壺道中なんて、幾ら威張って街道をのし歩いたところで、こちとら、戸をピシャリと閉めて、やり過ごしてしまえばそれっきりだよと...。

▼ ただ、この社会風刺の戯れ歌(ざれうた)にも元歌が有った。それが性的自由を謳歌した「ずいずいずっころばし」である。
...この「ずっころばし」だの「胡麻味噌ずい」だのの言葉には、例えば、男が女を転ばせて、胡麻を磨(す)るような動作で或る行為に及ぶ...そんな意味を持っていたのである。「婚(よば)ひ」という言葉が、その古代のおおらかな意味合いを薄め、近代の「夜這い」の意味に捉えられるようになるに従い、悪餓鬼(わるがき)の唄になって行った訳である。

◎ 「婚(よば)ひ」が社会公認だった頃は、若者たちの交際に親の世代は異議を差し挟まなかった。しかし時を経て江戸時代にもなると、農村の若者を巡る状況は悪化し、娘の所へ夜這(よば)いをかける若い者に、父親達は好意を持たず敬意も払わなくなっていた。前に述べたように、忍び込んだ青年の首根っこを押さえてトッチメルような事も日常茶飯に起こるようになった。
...なぜ、そう変化したのか。その要因の一つに、農村の疲弊の問題が有ったろう。大事な労働力である娘が、何処の馬の骨かも分からぬ小倅(こせがれ)なんぞに持って行かれて堪(たま)るかと...。

☆ 農村の若い娘を巡る争いの間(はざま)で、若者世代と親の世代の確執が生じた。「親の世代の言うとおりにはならないぞ」と言うのがこの唄の最後の部分に唄われている。
...おっとさんが呼んでもおっかさんが呼んでも行きっこ無しよ... 俺たちの交際に口を差し挟む事はやめてくれ。なあ皆んな、親から戻って来いと呼ばれたって、男だったら戻っちゃあならんぞ。そんな兄たちを見て、少し年下の悪ぶった少年達が、こんな唄を流行らせた。その唄に親たちが茶壺道中などを入れ込んだのである。ただ、元歌にも「茶壺」の言葉は有って、それは女性や女性の性器を表す隠語である。    (次回につづく)

by atteruy21 | 2020-01-31 14:28 | Trackback | Comments(0)