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縄文語のかけらーその194 (通巻第879号)
 童歌「ずいずいずっころばし」の歌詞の謎解き(続き)
...「わらべうた」が、若い男女の結婚や交際に於ける影の部分、奔放で淫靡(いんび)な風習を唄っている等と言うと、皆さんの中に「そんな馬鹿な‼」と、失笑が起こるかも知れない。ただ、世界の童話などを見渡すと、案外そのテーマに性的な背景や子供に聞かせる噺としては残酷に過ぎる噺も、決して少なくない。「ホントは怖い~」といったシリーズものの単行本やテレビ番組が注目を集めている。古い童話の陰に隠された当時の社会の庶民の悩みや希望の真実に迫ると言うコンセプトなのだ。

▽ 「親父やおふくろの言い付けなんぞ、ヘンッ、糞食らえだ」...そんな悪ぶった青年たちや餓鬼どもの叫びに負けず劣らず、農村の娘たちも自分を主張する事も有ったようだ。それがこの「わらべうた」の最後のフレーズに唄われているのだ。
...井戸のまわりでお茶碗欠いたのだあれ❓...この部分である。性的な部分を含む若者や子供たちの遊びで、何故お茶碗が割られるのか。茶碗を割ると言えば、その意味を教えてくれる古い民俗がある。参考になるインターネットの検索記事が有る。

▼ 食べ物とけがれ思想ー落照亭...Biglobe 亭主の対話④
...さらにわが国では、地方によっては人が死ぬと葬儀の出棺時にその人の生前使っていた茶碗を玄関先で割るという風習や、娘が嫁ぐ時に門前で娘が日ごろ使っていた茶碗を割ってしまうという風習が生きているところもあります。
 これらは、使っていた人の魂がこもっているために、死人の茶碗を割って、(この世に)思いを残さずあの世へ旅立ってもらうように、また、生家(せいか=実家)に思いを残すことなく、嫁ぎ先で幸せな生活を送ってくれるように、との思いから生まれた風習とされています。(...以下、省略)

◎ 「嫁ぎ先で幸せに...」と言う親の立場からの意味も有ろう。だが、この「ずいずい...」の唄では、逆に、娘の視点からする干渉し過ぎる親達からの訣別(けつべつ)宣言ともとれる訳である。娘からも「もう、あたしも大人なんだから、ほっといて」という意味で茶碗をガチャンと割ると言う訳である。もう、この家の人間じゃあないんだからね...と。

☆ 私の見方に真実味が有るかどうか。改めて「ずいずい...」の歌詞を見て頂こう。
..ずいずいずっころばし 胡麻味噌ずい 茶壺に追われてトッピンシャン
抜けたらドンドコショ 俵の鼠が米喰ってチュウ チュウ、チュウ、チュウ
 おっ父さんが呼んでも おっ母さんが呼んでも 行きっこ無しよ
 井戸のまわりで お茶碗欠いたの だあれ
...ちょっと遠回りしてしまった。次回は手児名の噺に戻り、手児名物語にエンドマークをつけ、次の話題に移りたい。
    (次回につづく)

by atteruy21 | 2020-02-01 11:15 | Trackback | Comments(0)