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縄文語のかけらーその198 (通巻第883号)
 「手児名」と言う名前に、重要な三つ目の意味が有ると私は考えている。美しい働き者の娘という命名理由に加えて、恐らくは機織りの上手な、布織りの名手の意味が...。

▽ 以前に大和の美しい女神、佐保姫(さほひめ)と龍田姫(たつたひめ)の噺をしたことを覚えておられるだろう。恐らくは姉妹であったろう二人の女神、姉の佐保姫が春の女神で佐保山の春霞は彼女が織り成すと信じられ、龍田山の秋の紅葉は、龍田姫の手で色付けられると伝説で語り伝えられた。
...縄文の山の女神の系譜を繋ぐと見られるこの姉妹神は、女の手仕事つまり機織りの名手であった。「美しい織物を紡(つむ)ぎ出す名手は、恐らく二人とも美しかったのだろう」と変な推論をして、私は、それで独りで納得していた。

▼ のちの平安時代の貴族社会の姫君たちを見ると、あまり手仕事などには関わらない、深窓の令嬢たちであった。大和の時代になっても、未だ縄文の香りを身のまわりに残していた佐保姫や龍田姫は、美しいだけでなく、素晴らしい手仕事の名人でもあったのである。
...手児名は、美しく可愛い乙女であると同時に、家族に尽(つく)した働き者で、その上、どんな仕事を任せても、右に出る人も無い名人であった。取り分け、「調」として都に送る麻の布織りの名手としても知られていた。そう私は考える。

◎ 古い大和の時代の美人の条件に、機織りの名手であると言うのが入っていたか。それは、今となっては分からない。手児名の美しさを伝える大和の歌人の歌に「倭文幡(しつはた)の...」の語句が入るのは偶然ではないと私は思うのだ。

☆ 最後に、美しい刺繍の名手を歌うユーカラの物語の一部を紹介して手児名の物語を閉じよう。
...Pon Oyna (小伝) Ⅰ 発端 
   pirka-an kotomne   i-piskanike   kamuy imeru  e・simaka , urar tumu a-yay・omare .
私は美しくなっているらしく 私のまわりが 美しい光  で照り映え、 かげろう靄(もや)に 私自身を入れていた。
  Kotan kor sapo  sarampe sapte wa   ikarkar i-epakasnu .
 郷神の姉上が 柔らかなよい布を取り出して 縫い取り(刺繍)を私に教える。...

★ アイヌの美しい女神たちは、皆、刺繍の名手であった。只の美しいだけの女性ではなかったのである。働くと言うことが大切な
人間の条件であった。美人である、その前に...。

 次回から、新たな話題に取り組もう。萬葉集などの言葉を手掛かりにして。   (次回につづく)

by atteruy21 | 2020-02-05 12:50 | Trackback(4) | Comments(0)