人気ブログランキング |

<   2017年 09月 ( 33 )   > この月の画像一覧

 『パナンペの手足に浮き袋が引っつく』より
 小鬼どもは親父の大切にしている革製の小舟や水のごとき鋭利な刃のついた太刀や白い糸玉や黒い糸玉を出した。
(6)pon oni utar ona enupurpe tonto-cip ponpe newa wakka koraci een emus newa retar katak newa kunne katak sapte.
子鬼たちは、父親がそれで呪力を得る革の小舟や、水の如く鋭い太刀や、白い糸玉や黒い糸玉を差し出した。
「どんな具合に使えばいいのだ?」とパナンペが訊くと、小鬼どもの曰(いわ)く、
/Nekona a=iwanke ko a=epirka ta an ?/ari Pananpe uyepekennu ayke,pon oni utar ene haweokay-i ;
 「どんな風に使ってやったら得になるんだい?」とパナンペが聞くと、子鬼たちがこのように言ったことに...
 「この革の小舟は、広げると...」
 /Tan pon cip anakne a=sepsep ko...
 「この小舟というのは、拡げてやると...」
 「Nekona a=iwanke ko...」を、知里氏は、ただ「どういう具合に使えば...」とだけ訳して、a=iwanke の「a=...」の意味に
 触れようとはしていないが、それだけでは、この語句の真の意味に迫ることはできない。知里氏の本来の性格からは、誤りに
 妥協しない、激烈な攻撃性とは矛盾する曖昧な姿勢と批判せざるを得ない。
 「iwanke 」は、召使いなどを「遣いこなす」、「役立たせる」というのが本来の語義であって、使う側と使われる側の間に
 元々圧倒的な力の差があることを前提として成立する語なのである。
 宝物は、その持ち主に奉仕する位置にあって、主人の役に立って初めてその存在意義を果たすのである。アラジンとランプの
 精の間の関係がiwanke の原意と合致するのである。使う側からすれば「遣いこなしてやる」であり、使われる側から見れば
 「(使って貰って)役に立つ」ということになる、両義性を持った語なのである。なお、「iwanke」は、語源的には「iwakte」
 と同源である。「iwakte」が「物を送る」との特殊な意味で使われ、発展してきた経緯だけが目立つ所だが、原意は、以下の
 通りである。
 i-wak-te「物を・生き生き躍動・させる」が最も古い語意であり、これが、「物を・活躍できる所に・あらせる」へと発展し
 更に、「物を・相応(ふさわ)しい場所に・在らしむ」となり、これに宗教的意味合いが付加され、最後に「物(人)を・カムイ
 の世界へ・帰す」の意味を獲得するに至るのである。
  物にも魂があり、人の役に立って壊れたあとは、元々いた場所(カムイの世界)に帰してやる、送ってやる。それがiwakte
 (送る)なのである。

   (次回につづく)

by atteruy21 | 2017-09-30 18:39 | Trackback(25) | Comments(0)

 『パナンペ死んだ真似をする』から抜粋
 きつねどもは騒然となって、「そらそら、先だって俺たちの同族を殺した柔らかい肉(人間)だ。喰ってやろ、喰ってやろ」と
(5)cironnup utar uhawtaroyse,/hokure teeta a=utari i=koronnu a pewre kampo a=e ro a=e ro ! / ari
 狐たちは 皆、騒ぎ立て、「ホラホラ前に俺たちの仲間を皆殺しにした柔らかい肉だ。喰ってやろ、喰ってやろ!」と
 言いながら力を協せてペナンペに跳びかかり、ペナンペを引掻いたり、噛みついたりした。
 hawe okay kor ukasuy wa Penanpe koterke Penanpe a=ukorispa a=ukokepkep.
 言い合いながら協力してペナンペに跳びかかり、ペナンペを引掻き回し、噛みちらした。

 「a=utari utar i=koronnu a 」とは、「わが同族(仲間)たちを一方的に皆殺しにした」という意味である。決して、「同族
 たちが我らを殺した」ではない。「仲間を一方的に打ち殺した」と言っているのである。「i=koronnu」を「我らを殺した」と
 訳してしまうと、第一ボタンをかけ違えてしまうことになる。そう訳すと、必然的に、「a=utari utar」は主語に立つことに
 なってしまい、「わが同族(仲間)たちが、我(ら)を殺した」とせざるを得なくなり、「仲間たちが我らを殺した」となって
 訳(わけ)が分からない文になってしまうのである。「i=koronnu」は、「我らを殺した」と訳さずに、「一方的に殺した」と
 訳さなければ辻褄(つじつま)が合わなくなるのだ。
  また、「a=e ro a=e ro!」も、「我ら喰おう、我ら喰おう!」と訳してはならず、「喰ってやろう、喰ってやろう!」と訳さ
 ないと、数も多く、協力した狐たちの優位に立っている点が訳出されないのである。


  (次回につづく)

by atteruy21 | 2017-09-30 09:33 | Trackback | Comments(0)

『パナンペの褌が流れた』より
 たといシトギは食べさせられなくとも 女神があの汚い褌をきれいに洗ってくれたのならば
(3)Somo sito i=ere=an yakka kamuy moyre-mat ene icakkere a a=tepaha pirkano huraye wa i=kore hawe-ne ko anakune,..
 粢(しとぎ)は食わせて貰えなくとも、神なる淑女があのように汚かった我が褌をきれいに洗ってくれたのであれば、それは...
 
 「sito i=ere=an」を知里氏は「人が我に粢を食べさせる=人に食べさせられる」と訳しておられるが、間違いである。
 粢を無理に喰わされるという被害者のイメージでは、この件りの文脈にはそぐわない。「喰わせて貰う」と訳すのが正しい。
 ここではsomo (否定)が付いているので、歓迎の意を示すための粢のご馳走はして貰えなかったが、という意味であり、訳文は
「粢こそ食べさせては貰えなかったが...」となる。「喰わされる」と訳しては、アイヌの心は分からないのである。

『パナンペが水浴すると褌が流れた』より
 鬼どもは ひどく怒って「この野郎、このペナンペであった、先日も我々を欺(だま)して銭を盗んだのは。
(4)oni utar sonno iruska wa / konoyaro,tan Penanpe ne awan,teetaeyakka i=kosunke wa a=kor icen eykka awan pe.
鬼たちは本当に怒って、「コノヤロ、このペナンペであったか、先だっても我々を騙して人の金を掠め取った奴(やつ)は。
 今、殺してやるぞ」と言いながら、ペナンペをぐっと引き下ろして 叩いて叩いて...
 tane e=rayke=an kusune na /ari hawokay kor Penanpe raekatta,a=kikkik ayne...
いま殺してくれようぞ。」と言いながら、ペナンペをぐっと引き下ろして、叩きのめし、叩きのめして...

「tane e=rayke=an 」は「いまお前を私は殺す」ではなく、「いま、お前を殺してやる」と、圧倒的な自分の優位を、力の差を
 鬼は誇示しているのである。
 なお、「コノヤロ」の罵声で分かるように、この鬼どものモデルは、各地の請負場所などでアイヌの人たちを酷使、虐待した
 番屋の番人たちである。時代を下って、戦前の中国大陸で侵略戦争を推し進めた関東軍や日本陸軍の兵隊たちは、中国人に、
「この野郎!」と罵声を浴びせた。中国人にとって「コノヤロ」は、一番先に憶(おぼ)えさせられた日本語であったという。

   (次回につづく)

by atteruy21 | 2017-09-29 13:19 | Trackback | Comments(0)

   ー《知里真志保(ちり・ましほ)「アイヌ民譚集(みんたんしゅう)」から文例抜粋》ー
    [上段] 知里真志保氏の訳文
    [中段] アイヌ語原文(アルファベット表記)
    [下段] 私の試訳文
『パナンペ放屁譚』より
 まあ、お這入り。食事をしながら教えるから、その通りにして、儲けなさるがいい!
(1)Hokure ahun wa ipe kor epaskuma=an ciki neno iki wa epirka !
 さあ、入れ。したら、食べながらその事を教えてやるから、そのようにして、それで得をしな!
「 epaskuma=an」で、知里氏は直接に言ってはいないが、「私が」教えると解釈しておられるが、不正確である。パナンペは、
大きな態度でペナンペに、「その事について教えてやるから...」と言っているのである。ペナンペは、パナンペのこの態度に
腹を立てて、このあと仕返しの悪さをパナンペにすることになる。文末の「epirka !」についても、知里氏は、「儲けなさるが
いい」と敬意を込めた言葉に訳しておられるが、ここは、「儲けろや!」くらいのぞんざいな口調に訳すのが妥当であろう。
丁寧な口ぶりなら、epirka yan !(お儲けなされ)と言うだろうし、そうでなかったからペナンペは怒ったのである。この文は、
全体が命令口調で語られている。だから文末も、「そのようにしろ、そして良くなれ(豊かになれ)」と言っている訳である。

 ひどく殿様たちは腹を立てて 「実にペナンペは悪魔であったわい」 と 言いながら 皆で叩いたり 斬ったりした。
(2)Sino tono-utar iruska hine /Sonno Penanpe nit-ne-kamuy ne awa / ari hawas kor a=ukokikkik a=ukotawkitawki.
本当に侍たちは怒って、「実にペナンペは邪神であったことよ」と言いながら、皆で一斉に滅多打ちをし、滅多斬りにした。
 「a=uko-kikkik」とはどういう意味か。この「a=...」はどういう役割を果たしているのか。「我々が...」ではないだろうし、
「あなたが...」でもない。一般的に「人は...」でもなさそうだし、受動態の「叩かれた」しかないか。主語は侍たちであって、
三人称であるから、本来人称接辞は付かない筈だ。しからば、この「a=...」は人称接辞ではないということか。
 実は、ここでは侍たちが一方的に高い立場に立ち、無抵抗のペナンペをさんざんに打ちつけているのである。「ukokikkik」は
「 u (ともに・皆で) ko (ペナンペに対し)kik-kik (叩き・叩きする)」の意味であり、従って「皆で一斉にペナンペを打つ」と
いうことで、これに「a=...」(一方的に~する)が付いて、「皆で一斉にペナンペを滅多打ちにした」という意味になるのだ。

  (次回につづく)

by atteruy21 | 2017-09-29 11:16 | Trackback | Comments(0)

 アイヌ語「kur」は「影」を意味する。ところで、「影というものは何処に在るのか」。変な質問だが、「何処に出来るのか」
と聞いた方が良いかも知れない。
影は、物の真下、それが人物なら、その足下(足元・あしもと)にできる。「e・an・i(汝)」の説明から始めて「k・an・i(我)」の
説明をした時、「これ・なる・もの」と分析し、何故「これなるもの」が「私」になるのかと設問を立て、自ら答えて、「これ」
は「this」を意味するというより、「わが足下へ・来よ」と言っているのだ、としたところである。
 その時は、貴族である屋敷の主(あるじ)の下人への呼びかけ「これ・これ」を「これへ・これへ(来よ)」と分析し、説明した訳
だが、実はこれは理解を早めるための方便(ほうべん)に過ぎないものであって、真実の分析は「これへ来よ(Come here !)」では
なくて、「わが足下へ来よ!」としなければならないものであった。更に「実は...」を重ねて言わなければならないのだが、実は
「(わが足下へ)来よ!」と言っているのでもなく、「(わが足下へ)ひざまずけ!」と言っていると解さなければならないのである。
「kur」は名詞「影」から出発して、「影となる」、「従う」、「蹲(うずくま)る」、「ひざまづく」といった、動詞の領域まで
その語義が拡がったのだと私は見ている。
 ku(r)は、神の下にひざまづく者として「これ・なる・もの」=「わたくしめ」として人称極化したのである。
 神やエカシ(長老)の前でアイヌが、ku(r)・an・i =「足下に・ある・者」anakne...kani anakne これなる者(我)は...と
畏(かしこ)んで物申す表現は、こうして生まれたのである。kur の r が落ちて ku となり、これが「人称接辞」の役割を担う
ことになったのである。
 アイヌ語の人称接辞と言われるものを巡って、日本語の検討から始めて、アイヌ語の我・ku までやっと到達した。
人称接辞問題の検討を終えるにあたって、最後に蛇足を一つ述べたい。日本語にもアイヌ語にも人称の考え方はなかったといって
きたが、両言語とも、その根本原理の上では人称の考え方、捉え方を持たない言語であるということを理解できるかどうかが重要
なのである。
 人称というものを持たない文化(言語)が、それを持つ文化との遭遇を通して、人称の考え方、世界観を摂取、受容した結果が
今日のアイヌ語や日本語の状況なのだということを改めて確認しておくことが大事なのである。
 今までの私の論述や知里姉弟の訳文などを見て、アイヌ語の文章というものは、殆ど人称(代名詞)なしでも物語が語れるものだ
ということに気付かれた方も少なくないと思う。また、逆に、人称を和訳文に盛り込むことにこだわると、大きな解釈上の誤りを
犯すことが少なくないこともご理解いただけたことと思う。
 このあと、私の主張の証拠調べの意味を兼ねて、知里真志保の「アイヌ民譚集」の中の幾つかの作品を取り上げて、私の拙い
訳文と解説をお目にかけたいと思っている。いままでの私の主張に辟易(へきえき)された方は除き、ご用とお急ぎでない方は、
ぜひ一緒に民譚集を楽しんでいただきたい。    (次回につづく)

by atteruy21 | 2017-09-28 12:16 | Trackback | Comments(0)

 最後に、人称接辞「ku=...」について考えてみたい。「ku=...」は非常に見えにくく、「ci=...」と同様ヒントを得た程度で
あるが、一応、私なりの見解を述べて置きたい。
 既述のように、「ku=...」には周辺語と目(もく)すべき語が見当たらない。【動詞】ku「~を飲む」は、とても人称事象と
結び付きそうもないし、【名詞】ku(we)「弓」は問題外であろう。
 「ku=...」の人称としての在り方、形態からヒントを得ると、「ku=...」には主格と所有格(属格)だけがあり、目的格(対格・
与格)に該たるものが存在しないという大きな特徴がある。
「ku=...」には主格と所有格(所属形)だけがあって目的格がないと言っても、それは「a=...」や「...=an」、「...=as」などに
ついても言えることではないか、という批判や疑問が当然あるだろう。しかし、これらの語には、「i=...」とか「en=...」とか
「un=...」などの、語形や発音の上で共通する「我を」や「我に」を意味する語が厳に存在するのである。
かたや、「ku=...」には、同じ流れの中に似たような形や音を持つ「ki」だとか「ken」だとか「kun」などの語はないのである。
人称機能を持つ語であって、目的格を持たない(=目的格に立たない)などというのは、まさに自己矛盾であって、到底あり得ない
ことなのである。
 この事は、「人称接辞」と位置付けられている「ku=...」が、実は、一般の接辞とは異なる特殊な存在であり、異質な構造を
持っていることを示しているということなのである。
 この語句「ku=...」は、実は名詞由来の特別な用語から出発したのではないかと、私は考えている。このことは、この論述の
冒頭で、スペイン語の人称代名詞について述べたことを思い起こしていただくと分かり易いと思う。
 二人称でありながら、三人称として振舞う(活用する)変わり種の代名詞 usted (ウステー)のことを憶えておいでだろうか。
「usted」は、元々は「あなた」などという意味は毛頭なく、本来、人称作用とは全く縁のない「慈悲」という名詞であったと
されている。慈悲深いお方=旦那様というのが中核をなす意味だったのである。結論を述べよう。
「人称接辞」とされる「ku =...」は、【名詞】「kur」に由来する語であって、「神に仕(つか)える者」、「神の足下(もと)に
ひざまづく者」の意である。そして、これは大和言葉の「これ」にも繋(つな)がるものであると私は考えている。
 名詞「kur」は、根本義は「影(かげ)」である。影kurは、物に付随する陰・影のことで、常に実体、本体に付随して、離れる
ことはない。古代のアイヌ社会においては、影のように神に付き随(したが)い、神(カムイ)に仕え、人間(アイヌ)との間を仲介
する者が、カムイに由来する不思議な力(巫力)を持つ者(シャーマン)として尊敬され、或いは畏怖(いふ)の対象ともなった。
これを人々はカムイの陰(kur)にある者として「kur」と呼んだのである。
 さて、大和言葉との関連に就いて触れよう。
  (次回につづく)

by atteruy21 | 2017-09-28 10:28 | Trackback | Comments(0)

 人称接辞「ci=...」はその一方、神ならぬ生身の人間(アイヌ)も自らを指して「我らは」として用いるとされている。人間の
「我ら」は、果たして神の人称との整合性をつけられるのだろうか。
再び接頭辞の「ci-...」の意味に立ち戻ってみよう。他からの力を受けず、何らかの作為もなしに「自然にそうなる」、「ふと
気がつくと、いつの間にかそうしている」という方向に意味がズレて拡大して行くと、次のような意識が生まれる。
「誰もが、何時とはなしに、そうしている」とか、「誰もが、前から決まっている当然のこととして物を見る」とか、或いは、「ア・プリオリ(先験的)にそうすべきものと考える」という意識が働くのである。
 これが接頭辞「ci-...」の原意から出発し、人間(アイヌ)の疑問や躊躇(ちゅうちょ)を許さない、人間の選択を問題としない
神聖な人称への発展形(ci=...)を生み出すのである。以下に述べることで、人称接辞「ci=...」の意味合いを具体的に映像化して
いただきたい。
 ci=kus nup(チクシヌッ)という言葉がある。「我らが・通る・野原」と訳す人がいる。例えば知里真志保氏である。だが、この
訳には少々無理がある。人称接辞「ci=...」は、「(話し相手を含まない)我々が」を意味する筈(はず)であるから、これをこの
句にそのまま適用すると、「あんたらを含まない、我々だけが通る野原」という妙チキリンな地名となってしまうのである。
 別に私道のトラブルで裁判をしていて付けた地名ではないだろうから、ここでは、「ci=...」が宙に浮いてしまうのである。
「ci=kus nup 」は、私なら「誰もが通る野原」と訳すだろうし、もっとアイヌの原意や心から言えば、「いつの間にかみんなが
通るようになっていた野原」と訳すべきなのである。ちなみに、この「ci=kus nup」は、九州にある地名「筑紫野(ちくしの)」の
原名であるとする説がある。筑紫野のより古い読み方(古形)は、「ちくしぬ」であり、「チクシヌッ」というアイヌ語の発音を
考えれば、この説は説得力があると私は考えている。
 他にも、地名で「ci=sitoma sar」がある。通説では、これも「我らが・恐れる・ヨシ原」と訳すのだが、「お前たちは恐れ
ない、俺たちだけが恐れるヨシ原」となって、地名の体(てい)をなさない。もちろん、「誰もが・恐れる・ヨシ原」でなければ
ならない。
 念のため、なぜヨシ原(sar)をアイヌは恐れるのかについて、少し説明をしておこう。別に、そこにオバケが出るので怖がる訳
ではない。sar を、ただ「ヨシの原」とだけ訳していたのでは絶対に理解できないだろう。ヨシが生い茂って、一見すると人が
その上を歩いて通れそうに見える場所がある。ヨシ原は、硬い土にヨシが生えているのでなく、水面の上に絡み生えている所が
多く、人がそこへウッカリ通りかかると、足がズブッと突き抜け、ヨシの下の泥沼へ落ち込んでしまう所があり、そんな場所を
「nit (ニッ)」という。この「ニッ」が沢山あると、「nit-at(ニタッ)」と言って、子どもなどがそこへはまると死んでしまう
剣呑(けんのん)な場所で、「谷地(やち)」と訳される。これが神格化されると「nit-ne -kamuy(泥沼・のような・神)=邪神」と
いう語を生む。アイヌ神謡集にnitatorunpe (谷地の魔神)として登場する。  (次回につづく)

by atteruy21 | 2017-09-27 13:29 | Trackback | Comments(0)

 接頭辞「ci-...」の近傍の接頭辞に「si-...」というものが有る。
「si-...」【接頭辞】自分を・自分に・自分の  用法・機能は、ほぼ「ci-...」と同様で、si-turi(自分を・伸ばす)→伸びる
【自動詞】として用いられる。「ci」と「si」がほぼ同じ意味を持ち、似た作用をするのであるが、これはアイヌ語においては、
音である「 ci」と「si」 が、ほぼ同一の音価(おんか)を持っているからだと考えられる。
 同一の音価を持つなどと言うと、なんだか分かりにくいが、平たく言えば、「同じように聞こえる」、或いは「聞き分けられ
ない」ということである。昔、江戸っ子をはじめ関東圏の人たちには、「ひ」と「し」の区別がつけられない人が多かったのは、
年配の人なら覚えがあるだろう。
「こちとら江戸っ子でえっ、気が短けえんだ。あんな野郎待ってたら、日(し)が暮れちまわあ!」などと言ったものだという。
関西での会話にも、「そうでっか、ほな、どないしまひょ。」(=そうですか、それなら、どのようにしましょう。)などという
ように、日本語では「さしすせそ」と「はひふへほ」が同一に近い音価を持っていたと考えることができよう。
 この場合に大事なことは、「日が暮れる」を「ひがくれる」と言おうとして、それでも「しがくれる」と言ってしまうのでは
なく、本人には「ひがくれる」が「しがくれる」と聞こえているのだ、ということを知らねばならないということである。
 さて、「ci-...」と「si-...」の関係に戻ると、共に「自ら」ないしは「自らを」という人称接辞に類似した意味を持つことが
分かった。しかし、自ら(みずから)というだけでは、人称としては、特に神の関与を示す人称としては何かが欠けているのだ。
「自ら」を現代語で「みずから」と読んでいると見えないのだが、少し古風な言い回しで「おのずから」と読むと、見えて来る
ものがある。岩波「国語辞典」によると...
「自ら(おのずから)」【副詞】①ひとりでに、自然に、おのずと ②みずから、自分で...と説明されている。①の用例としては
「おのずから道が開けるであろう。」という文が挙げられている。
「おのずから~する」は、ある行為なり事象の進行が、外部からの隔絶した大きな力が働いて方向付けられているにも拘らず、
恰(あたか)も自発の形で、ひとりでにそうなったというような形で認識される状況を表している。
 同じ岩波国語辞典で「ひとりでに」を引くと、「独りでに」【副詞】作為や他からの力なしに、おのずから、自然に、とある。
実際には大きな力が働いいて、そうならされているのにもかかわらず、その力が意識されずに、自分の方からしている、或いは、
自然にそうなったと思わせるという、裏腹で込み入った関係を表しているということに留意しなければならない。
人称接辞「ci=...」が神と人間の関係を示すものとすれば、隔絶した高みからの力の行使で人間を動かす神に対し、それとは
意識せずに自らの意思で物事を為していると考える人間という図式は、こうした語義とピッタリ符合するではないか。接頭辞の
ci-...が「おのずから」の意味とすれば、神の接辞として「ci=...」が使われるのは、むしろ当然の結果というべきであろう。
  (次回につづく)

by atteruy21 | 2017-09-27 09:58 | Trackback | Comments(0)

 「ran」は、「本来は目に見えないものが、目に見える形で姿を表す」ないし、或る姿のものが「別の姿に変わって現れる」と
いうメタモルフォーゼの観念を含む語なのである。ここでは、「ran 」は、空気中の水分(気体)が冷気によって露となって地上に
降りることを指しているのである。
 梟の神が羽で水滴を撒き散らしているのではない。フクロウの神は「銀色の露よ、辺りに降(お)りよ!」と謡っているのである。


「ran」は、例えば「kamuy ran」などというと、無造作に「神が降りる」と訳すことが多い。本来のアイヌの言語意識からは、
「普段は目に見えない、又は人間と同じ姿をしたカムイが、人間に見える形、ないしは熊の姿などに変身して、人間の前に姿を
現す」というのが元来の意味なのである。

 同じ「降りる、下がる」と訳される言葉に「san」がある。これも、「下がる、降りる、姿を現す」と、文字面(もじづら)は
「ran」と全く同一の訳語となる。だが、「san」の場合はメタモルフォーゼの観念はなくて、たまたま姿を見せなかったものが、
見える所に出てくるような場合に使われる。
「yuk-o-san-nay」(鹿が・そこに・姿を見せる・沢)という地名があるのは、ご存知だろう。そこでは、神が鹿に姿を変えて現れた
訳ではないことは、言うまでもない。鹿は、鹿を司る神が別にいて、その神が人間に下したものなのである。

 「sirokanipe ran ran 」は「白金(しろかね)の露よ、地上に降り敷け!」と訳さねばならない。フクロウの神が、水を撒いて
いるのでは決してないのだ。

 さて、タイミングの良い所で接辞「ci=...」が登場した。この際、私の考えをのべておこう。実は、私はまだ、「ci=...」に
ついては正体が掴みきれていない。後ろ姿がチラリと見えたといった状態である。しかし、「ci=...」の真の姿を知る手掛かり、
迫る足掛かりを得たとは思っている。そのさわりの部分を少し述べておきたい。
 接頭辞に「ci-...」という形がある。他動詞に接頭して再帰的或いは受動的意味を加える役割を果たす。この「ci」は「自ら」
あるいは「自らを」を意味する。
ci-hopuni-re(=起き上がる)[自動詞]、この語は結果として「起き上がる」という自動詞になるが、その出来上がり方(構成)は
『hopuni(起き上がる)→hopuni +re(起き上がら・せる)→ci(自らを)+hopuni (起き上がら)+re (せる)→自らを・起き上がら・
せる(=起き上がる)』=自動詞 という形で形成されるわけである。

  (次回につづく)

by atteruy21 | 2017-09-26 20:08 | Trackback(27) | Comments(0)

 本題である接辞「...=as」の追究に戻ろう。この接辞は、「(話し相手を含まない)われわれが」の意味であり、神謡の中では、
「我が」として、いわゆる「自動詞(動詞 1)」についてのみ用いられる。なぜ話し相手を含まないのか、何ゆえに自動詞のみに
用いられるのか、その秘密、それを必然とする理由は何なのか。
 その理由は、「as」に「スッと立つ」という根本義が有るからだと私は思う。他者に頼ることなく、他者からの支配、制約を
受けることもなく、独立して堂々と立っている。支配も受けず、他者と競う必要もない堂々たる姿。これが「...=as」を付する
存在の影像(イメッジ)である。
 同じく「力ある者」、「高い位置に立つ者」を示す存在に付す「...=an」(のちに「a=...」も)とは、どう異なるのか。
「an」という語の、「力を持ち、取って替わる」という根本義が、「...=an」という接辞の性格を決定付けたということである。
「...=an」は確かに強い力、高い立場を示すものだが、その力、立場は相対的なものであって、常にその力、その立場を保つものではない。争いによって、競い合いによって、その関係が逆転することもある、一時的、偶然的なものであるに過ぎない。
 これに対し、接辞「...=as」は、争い、競う必要もないほど離れて高い位置に、恒(つね)にある者として立ち現れるのである。
カムイが自ら語る言葉が「...=as」で飾られるのは、むしろ当然のことと言うべきであろう。
 知里幸惠「アイヌ神謡集」の冒頭(ぼうとう)を飾る「梟(ふくろう)の神の自ら歌った謡(うた)」の出だしの部分を読み、この
神の人称とも言うべき語句の語感を楽しんでいただきたい。
     知里幸惠アイヌ神謡集 梟の神の自ら歌った謡 「銀の滴降る降るまわりに」
  Sirokani-pe ran ran piskan,konkani-pe ran ran piskan    銀の滴降る降るまわりに 金の滴降る降るまわりに
  銀の露降(お)りよ降りよ周りに、金の露降りよ降りよ周りに
  arian rekpo ci=ki kane pet-esoro sap=as ayne,       という歌を私は歌いながら流れに沿って下り、
  という歌を 歌いつつ、川に沿って悠々と下り、下って
  aynukotan enkasike ci=kus kor sicorpokun inkar=as ko,   人間の村の上を通りながら下を眺めると...
  人間の村の上を行き過ぎながら我が身の下を見てやると...
 悠々と大空を行き、下界を遥かに見やるフクロウの神の姿が目に浮かぶような表現ではないか。だが、知里幸惠さんの美しい
訳文に、残念ながら少し疑問を呈して置かなければならない。それは、「sirokani-pe」の「pe」についてである。
「pe」を知里幸惠は滴(しずく)と訳したが、これは正確ではない。「pe」は「水」、「水分」を意味するので、滴は全く間違い
とは言えないのは当然である。ただ、この訳文だと、梟の神が水滴を飛び散らせながら空を行くといったイメージにどうしても
なってしまうのである。実は、何故このイメージではいけないかと言うと、「ran 」という語と合致しないからなのである。
 「ran」は元々...        (次回につづく)

by atteruy21 | 2017-09-26 10:16 | Trackback | Comments(0)