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通巻第333号 「有る」と「 an 」についてー29

 テレビ番組で、アイヌ神謡集の「梟の神の自ら歌った謡」が取り上げられたことがあった。「 siro-kani-pe ran ran piskan,
Kon-kani-pe ran ran ...」。詩にあわせて作曲された静かな曲に動画が添えられて、美しい画面が展開した。悠然として大空にはばたく梟が、キラキラと輝く水滴を辺りにふり撒きながら飛んで行くのである。しかし、このファンタジックな冒頭シーンは、
この謡(うた)に込められた真の意味、アイヌの先人たちの脳裏に浮かんだ映像とは、かなり異なるものなのである。

...sirokani-pe の「 pe 」と ran ran の「 ran 」の意味の取り違えが有るのである。
「 pe 」という言葉は、アイヌ語では水や水分を意味するので、これを滴(しずく = drop )と訳を付して誤りとは言えない。寧ろこの謡(うた)の全体的雰囲気からは好ましい名訳だと言えなくもない。ただし、「 ran 」という言葉が、「滴が落ちる」という観念と両立せず、滴が降(ふ)るという表現を許さないのである。

 sirokani-pe の「 pe 」は、露(つゆ = dew )を当てるのが相応しい言葉である。...適当な英文があるので見ていただこう。
...The dew on the leaves of grass glistened in the morning light. 草の葉に宿る露は朝の光を受けてきらきらと輝いた。
 「露(つゆ)」という言葉は、芳(かぐわ)しい情緒を醸す懐かしい言葉だが、現代の若者文化の中では、あまり遣(つか)われなくなってしまった。朝の野辺の草に露が降りるというシーンを、現代では見ようにも見られなくなっている訳だから、ある意味ではやむを得ないと言えよう。露と滴(雫とも書く)とでは、意味内容は全く異なる。

...滴(しずく = drop )は、小さな水の塊を言うのであって、例えば、雨の水が滴(したた)り落ちるような時にも、「雨の滴」という。これに対し、露の方は、空中の水分が夜気(やき = 夜の冷えた空気)の冷たさに触れて水滴となったものだけを言う。只の水滴ではないのである。「 sirokani-pe ran ran 」を「銀の滴、降る、降る」と訳してはいけないと私が言うのは、「 ran 」という言葉が、単に落ちる(降る= drop )を意味するものでなくて、空気中の蒸気が夜の空気の冷たさに触れて、姿を変えて水滴になったものでなければならないからである。

 ran は、姿を変えて目の前に現れるというのが中核概念になければならない。只の降(ふ)るでは露の神秘性を表し得ないということは、ご理解が頂けただろうか。
   (次回につづく)

by atteruy21 | 2018-07-31 10:27 | Trackback | Comments(0)

通巻第332号 「有る」と「 an 」についてー28
 知里幸惠 アイヌ神謡集・梟の神の歌った謡【銀の滴降る降るまわりに】より(冒頭の一部を抜粋)

   左側 (上段;アイヌ語原文 下段; 私の試訳 )        右側 (知里幸惠訳文)
‘ siro-kani-pe ran ran piskan, kon-kani-pe ran ran piskan ’銀の滴(しずく)降る降るまわりに 金の滴降る降るまわりに
 白銀の露よ 降りよ降りよ周りに、黄金の露よ降りよ降りよ周りに
  ari-an rekpo  ci-ki-kane  pet-esoro sap-as ayne ,’ という歌を私は歌いながら 流(ながれ)に沿って下り、...  という歌を 私は歌いながら 川に沿(そ)って 下り下って...

 「 ran 」はよく、神などが降(くだ)ると訳される。また、「 san 」と同様に下(さ)がる、下(お)りると、人や物が下方へ行くことにも用いられる。少なくとも現代のアイヌ語話者にとっては、「 ran 」と「 san 」の意味の境界は、必ずしもはっきりしていないように見える。しかし、「 kamuy san 神が降臨する」とは言わないから、元々は、「 ran 」の方が格の高い意味を持っていたか、ないしは神秘的な意味を漂わせていたと思われる。
 熊や梟が姿を見せることを「 kamuy ran .」と表現する。しかし神格を認められない鹿や鮭が姿を見せることを ran とは言わない。鹿がそこに姿を見せる沢は、「yuk-o-san nay 」と呼ばれるのである。何故、熊や梟と鹿は違う言葉で呼ばれるのか。それぞれの動物や植物をアイヌの先人たちが違う位置付けで見ていたからである。
 
 熊や梟を、アイヌの人たちは自分達を守ってくれる、或いは大きな恩恵を与えてくれる、有り難くも少し怖い存在と意識していたようである。これに対する鮭や鹿は、ゴチャゴチャいて、誰にでも簡単に獲れる、つい馬鹿にしたくなるような、気楽な相手であった。例えば熊は、カムイの世界では普段は人間と同じ姿をしているが、時に人間の世界を訪れたくなると、人間の姿から熊の扮装に着替えして、気に入ったアイヌの所へ、熊皮と熊の肉を手土産(てみやげ = miyanke )に、客人としてやって来るのだと、アイヌの古人たちは考えていたのである。これに対し鮭や鹿は、神自らが姿を変えてやって来るのではなく、鮭や鹿を管理して、人間の所へ送りつける役の神がいて、鮭や鹿は、その神から天上からばらまかれて我々の世界へやって来るのだと。
 
 「 ran 」は、姿・形を変え我々の前へ現れるのである。ただ、見えない所にいたのが見える所に出て来たという「 san 」とは違う所以である。「銀の滴」という知里幸惠(ちり・ゆきえ)さんの美しいメルヘンのような訳語を、私は、「銀の露(つゆ))」と置き換えた。その理由は次回に述べよう。   (次回につづく)

by atteruy21 | 2018-07-30 10:39 | Trackback | Comments(0)

通巻第331号 「有る」と「 an 」についてー27

 縄文語で「取って替わる」を意味する語として私が想定した「 ar ないし i-ar 」という語句は、アイヌ語では「 an 」という発音に変化した。大和言葉と異なり、アイヌ語の新しい発音は身の周りに親戚や兄弟の語を持たなかった。とは言え、全く an が孤立した発音という訳でもない。数少なくはあるけれども、アイヌ語にも、やはり「取って替わる」に近似した語意を持つ言葉も
幾つか見出だすことが出来る。動詞や名詞に片手で足りるほどのものが有る。

...動詞から始めるとして、「 an 」の前に子音を置く、日本語と同じやり方で語彙が存在するか、先ず見てみよう。
 例によって、中川裕氏のアイヌ語辞典のお世話になる。

... s + an → san  サン【動1】サプsap (複) 山手から浜手へ下りる。前へ出る。 
  オサン osan ~〈場所〉へ出る 〈 o -「~〈場所〉へ」san 。
中川氏は、 san を「前へ出る」を中枢概念として捉えておられるようだ。それは正しい。しかし、概念の全体を捉えた理解とは言い難い一面的なものである。
「 san 」を「 sa 前方 + an 目の前に有る 」と分析してこの意味を導きだしておられるのだろう。私の見解は少し異なる。
... san は、見えない所にあったものが見える所に「姿を現(あらわ)す」というのが中核をなす概念の言葉なのである。
Yuk-o -san -nay ユコサンナイという地名を大分前に紹介したが、憶えておられるだろうか。「鹿が・そこに・姿を現す・沢」という意味の地名である。確かに、山手から浜手へ下りる時も有るかも知れないが、いつも鹿が山手から浜手へ下りるとは限らないのである。現代の口語表現でも、田舎から町場へ出るようなときに「 san 」を用いるから、強(あなが)ち間違った使い方でもないことは確かだ。青森だか岩手だったかに、縄文遺跡で有名になった山内(さんない)丸山という場所があったが、これなども川を生き物と見立て、山奥から浜の方へ出てくる者という意味で、「 san - nay 山奥から海の方へ出る沢」というのが、この地名の命名の由来なのではないだろうか。

... ran という動詞がある。基本的な意味は、「 san 姿を現す」で、「下る・降る」など、「 san 」と字面(じづら)は全くと
言っていいほど同一である。この事もアイヌ語と日本語の同系を論じた際に、知里幸惠さんのアイヌ神謡集「梟の神の自ら歌った謡」で述べた所である。「 ran 」は根拠もなく宗教観に歪(ゆが)められて「神が降臨(おりる)する」という文脈で語られることが多いが、卑俗であり正しくない。では、「 ran 」は元々、どういう意味か。  (次回につづく)

by atteruy21 | 2018-07-29 17:09 | Trackback | Comments(0)

通巻第330号 「有る」と「 an 」についてー26

 縄文語の「 ar = 取って替わる 」に近い発音と意義を表す大和言葉の「 ar 」が、形を変えることなく、しかし意味と用法を豊富にして目覚ましい発展を遂げたのに対し、アイヌ語の方は、「 ar 」から「 an 」へと語の形を変化させたにもかかわらず、意味が限定・特化され、語としての活力を失ってしまったように私には思える。

...そもそも、縄文の古い発音を残した方が大和言葉で、アイヌ語の方が発音を変化を変化させたのだという仮説は、本当に歴史的経緯を反映した正しいものなのか。新参者(大和の人々)のグループの話す言語が古形を保ち、古くからの住人達の言葉が新しい発音を持つというのは、そもそも背理ではないのか。日本列島には「 an 」という言葉が元々あって、遥か遠い地域から渡来した人々が、自分達の出身地の独特の訛った発音を持ち込んだのではないか。この方がずっと自然で、ありそうに見えないか。

 尤もな、自然で無理の無いものの見方である。私もまだ「大和言葉古形説」に確信が持てず、やはり「 an 」が古い形なのではないかと今でも悩んでいるのである。しかし、論理的に考えると、やはり、「 an 」は係累・親戚の言葉を持たない孤立した語で『取って替わる』という語感を表すには、エネルギーが少し足りないのである。
 
 日本語の現代国語辞典でも、古語辞典でも、また、アイヌ語辞典でも「 an 」に連なる語が圧倒的に決定的に少ないのである。
日本語では、五十音に従って語頭の子音と組み合わせて検索しても、例えば「あん」、「かん」、「さん」などで始まる言葉は、漢語のものを除いて全く存在しない。元々、日本語には子音終わりの閉音節の言葉がないし、「ン」で終わる語は、漢語の系統の言葉でも「ン」は字に表記すらされなかった時代もあったのである。この事は、以前に述べた通りなので覚えておられる方も有るだろう。「ん」という平仮名は、あの有名な弘法大師=空海が経典の表記のために発明した字であるという話も、忘れてはいけないのである。
 「駿河にあんなる不二(富士)の山」だとか、「子になりたまうべき人なんめり」などと、「あん」や「なん」という言葉もあるではないかと抗議する人もあるかも知れない。しかし、その抗議は当たらない。駿河に「あんなる」は、駿河に「ある・なる」という語法の音便形で、駿河に「ある・という」の意味である。もう一方の、子になりたまうべき人「なんめり」の方も、~のような人で「ある・めり = ある・ようだ」と言っているのであって、「あん」ではなく、「ある」なのである。

次回は、この項の終章としてアイヌ語に於ける「 an 」の関連語の探索に向かいたい。  (次回につづく)

by atteruy21 | 2018-07-28 12:04 | Trackback | Comments(0)

通巻第329号 「有る」と「 an 」についてー25
 前々回のこの項で、岩波国語辞典の「はる」の説明を取り上げた。
...はる【春】①(イ)冬の次の季節。(ロ)新年。②春の比喩的用法で次のものをさす。(イ)最盛期。得意の時。とあった。..この定義に違和感を覚えた方はおられなかっただろうか。定義に当たって腰が引けているのである。普通、辞書であれば、「~というものは....」などと正面からの限定作業にかかるものである。それを避けた様子があるのは、いったい何故か。それは、「はる・haru 」という前に、その言葉自体の発音の中に、既に「 ar =次に来るもの 」の意味が備わっているからに他ならない。だからこそ、「冬の...」という限定をしてやらないと、定義自体が意味のない春の説明を出来ないものになってしまうからである。
「春とは何か」と問われて、それは「次に来るもの」ですと言ってもなんの事か分からないではないか。だから岩波国語辞典では
耐えがたきを耐えて、「冬の次の季節」と分かりきった限定をしなければならなかったのである。

 さて、落語で言う「締めの真打ち=主役」の「有る・在る」の登場を迎えよう、そういう前に「生る」と言う語の説明をするのが先ず必要だろう。「ある」と読み、意味は「生まれる、出現する」である。辞典ではあっさり一行だけの記述で済ましてある。
この言葉の、言葉の意味の変遷に果たした大きな役割から考えれば、この岩波国語辞典の編集者の意識は少し低いのかなと言う気がしなくもない。
 「生る」とは新しく生じるを意味する。新しい未知のものは、また新たな力を生む。「或る」という言葉をご存じだろう。国語辞典で見てみよう。
...ある【或る】《連体》はっきりとは分からない物事をさし、または特定の物事とはっきり限定せずにさす語。動詞「あり」の
連体形から転じた。...とある。この語意と用法が新たな地平を拓くのである。

 「ある日、ある所で、或る一人の若者が...」こうした語り口が、民話や説話の豊かな世界を日本文化にもたらしてくれたことは疑い無い。新しく生まれたものが、何であるのかがはっきりとは分からないものをも、こちら側の世界に引きずり込んでくれるのである。次に来るもの、新しく生まれたものの力である。「有る・在る」の説明をもはや必要としないほどの語彙の力が、大和言葉に生まれた訳である。

 何故、アイヌ語の「 an 」には現れなかったこの力が大和言葉にだけ生じたのか。それは言語の論理での必然性から来るものと言うよりは、アイヌ社会と大和から日本へと変わって行く生産・生活様式の変革に伴う社会意識の変化が言葉にもたらしたものである。  (次回につづく)

by atteruy21 | 2018-07-27 15:41 | Trackback | Comments(0)

通巻第328号 「有る」と「 an 」についてー24

 前回に記事の脱落があったので訂正し補足する。「はる」に充てる漢字を書き落としたのだが、改めてその部分の全体を書く。
...はる 一、【張る】こもっていたもの(の力)が外に向けて広がり出る。①伸び現れる。「木の芽が張る」。伸び広がる。「根が張る」②(一面に)広がりふさぐ。「氷が張る」  以下、省略。

 さて、現代日本語の「 ar 」を含む語彙の探索をもう少し続けよう。
...やる【遣る】①一方から他方へ移らせる。 (イ)行かせる「娘を大学に遣る」・進ませる「「舟は櫓(ろ)で遣る」(ロ)思いを晴らす。「憂(う)さを酒に遣る」(ハ)逃げるままにしておく。「遣るまいぞ、やるまいぞ」(狂言)
 ②(同等以下のものに)与える。「子どもに小遣い(こづかい)を遣る」③動詞の連用形+助詞「て」を受けて (イ)(恩恵的に)
他人のために~する意を表す。「どれ見て遣ろう」(ロ)(怒り・憎しみの気持で)相手に不利益を与える意を表す。「金をふんだくって遣る」「怒鳴りつけて遣る」(ハ)やけになってする意を表す。「毒を飲んで死んで遣る」④みずから、する。行う。「スポーツを遣る」「ちょっと一杯遣ろう」⑤《動詞の連用形に付いて》(イ)その動作の完了を表す。「晴れ遣らぬ空」 (ロ)その動作を遠くまで及ぼす意を表す。「眺め遣る」

...現代日本語の「遣る」までざっと眺(なが)めてきて、「 ar 」の観念が広がって新しい意味を獲得していることに気が付かれたろうか。「 ar 」は元々、「取って替わる」や「何かを追い立てる」の意味であったが、さらに、その追いたてられた何かが、追いたてた側の力の及ばない処へ行くことまでを表すようになった。前にアイヌ語と日本語が同系か否かを論じたときに述べた、
言語の双方向性・両義性を、この「 ar 」は、日本語に於いても獲得したのではないかと私は思っている。
 追いたてた側と、逆に追いたてられた事によってある意味での自由を獲得した側とが、一つの語彙で互いに主語として振る舞うのである。

...「 ar 」は、今までに無かった新しい、新たな何かが現れる事を意味する。追いたてた側も追いたてられた側も、元々の昔の自分では在り続けられなかった訳で、それは人にもその言語にも同時に起こったのである。旧いものが滅び、新しい、今までには無かったものが生まれたのである。縄文の人と言語が滅び、倭人とアイヌという人間グループが新たに生まれ、その新しい言葉が登場した訳である。次回は、大和言葉の「有る」と「在る」に締めの真打ち(しんうち)として登場頂こう。
  (次回につづく)

by atteruy21 | 2018-07-26 13:10 | Trackback | Comments(0)

通巻第327号 「有る」と「 an 」についてー23

  ar アラ という発音を語中に持ち、現代の日本語にそのまま残っている、或いは少しだけ形を変えて縄文時代や古代のアイヌの人々の観念を、現代に伝えている言葉は有るのだろうか。「何かに取って替わる」という基本的概念を備えた、 ar に似た発音の現代の日本語を探す旅に出てみよう。なお、「何かに取って替わる」は、ほぼ同義の語として「何かを追い立てる」などを含むという約束ごとを予め承認頂きたい。

 ...「かる = kar 」
 【狩る】①鳥獣を追い捉え、または射たり撃ったりして殺す。また、魚をとらえる。②捉えようとして探し求める。
 【駆る・駈る】①馬や車に乗って走らせる。「馬を駆って行く」。追い立てて歩かせる。②強いて~させる。「老躯(ろうく)を駆って=老いた体に鞭打って」 ③感情が強く心を捉える。「衝動に駆られる。不安に駆られる」。
...「さる = sar 」
 一、【去る】もと在る所または着目するものから移り動く。①そこから離れて行く。出て行く。立ち退く。②基準点から隔たっている。③近づく。
 二、避ける。遠ざける。
 ...「なる = nar 」
   【成る・為る・生(な)る】その事物が新たな形をとって現れる。▽「なす」の自動詞。①ものが新たに現れる。また、前の状態から別の状態に移る。行為の結果がまとまる。できあがる。仕上がる。植物が実を結ぶ。結果を得る。
 以下、省略。
 ...「はる = har 」こもっていたもの(の力)が外に向けて広がり出る。①伸び現れる。「木の芽が張る」
 ②(一面に)広がりふさぐ。 ③内の力が動いてふくれる。
 二、力一杯押し広げる。内の力を外に現れるようにする。

...はる【春】①冬の次の季節。我が国では俗に三・四・五の三ヶ月。陰暦では一・二・三の三ヶ月。 
  ②春の比喩的用法で、「次のもの」をさす。
 
  (次回につづく)

by atteruy21 | 2018-07-25 10:31 | Trackback | Comments(0)

通巻第326号 「有る」と「 an 」についてー22

 言語にとって、一つの単語というのは、孤立して空中に浮かんでいるようなものではない。一つの単語が存立する為には、その周辺に意味と発音が似通った多数の語彙群落がある。それはちょうど、蔦(つた)・弦(つる)植物が、一つ一つは鉤爪のような根で壁に弱々しくへばりついているが、その鉤の根がネットワークを形成すると、ガッチリと壁に吸い付いて、終には家の全体を絡めとるような、大きな力を示すのに似ている。「有る」にしても「 an 」にしても、それが民族の言葉の基本中の基本の語彙であれば、こうした似通った語彙の群落の主(ぬし)として、家来の周辺語彙を率いる雄々しい姿が想定されて然るべきである。

...大和言葉の「有る」については、これはすぐ後で古語辞典などで確認・検証するが、多くの係累の語彙が存在する。しかし、もう一方のアイヌ語の「 an 」の方は、となると、これは係累と思われる語彙は殆んど存在しない。「 an 」の方ではなく、逆に大和言葉の「 ar 」に連なると見られる語彙の方が目立つのである。その逆の例の検証から、まず始めてみようと思う。

...アイヌ語に「 -yar 」という語がある。アイヌ語学者の中川裕氏のアイヌ語辞典(千歳方言)を見てみよう。
ヤ ラ -yar 【接尾辞】動詞に接尾して、不特定の人間に対する使役を表す。 レ -re と異なり、動詞の項数を変えない。 r の
後ろではアラ -ar という形をとる。例; イぺヤラ ipe-yar 「(誰といわず)食事をさせる」。イペレ ipe-re 「~に食事をさせる」と比較せよ。

 この「 -yar 」は、大和言葉の「遣(や)る」に繋がる語だと私は思っている。中川氏は「 -yar 」を不特定の相手を使役すると解釈しておられるのだが、私はそれは一面的な見方だと思っている。結果として「不特定の相手に~させる」の意味になるだけの話なのである。不特定なのは、相手方だけではない。使役の意味が違うものを含んでいるのである。「 -yar 」は、積極的に何らかの行為を誰かにさせるという意味ではなく、相手に自由に、勝手にさせるという、言わば放任の意味が中核に在るのであって、俺は関係無いよという冷たい関係さえ示すのが基本の概念なのである。 ipe-yar は、「誰でもいいよ、食べてもいいよ」という意味がこの言葉の肝(きも)なのであって、誰かれ構わず食べさせると言うのとは、若干意味合いが異なるのである。

 次回には、古語辞典を繰りながら、「 ar 」の語群の関係を明らかにしたい。それが大和言葉に残った「 ar 」こそが縄文語の忘れ形見なのだと言うことの証明になるだろう。
  (次回につづく)

by atteruy21 | 2018-07-24 11:01 | Trackback | Comments(0)

通巻第325号 「有る」と「 an 」について

 何者かに取って替わって自らの場所を得るという観念が、大和言葉の「有る」やアイヌ語の「 an 」の共通の中核をなす。そのどちらが祖先の語彙の発音に近いのか。何(いず)れの発音が元の縄文語の響きを伝えているのか。アイヌ語の「 an 」の発音は、
恐らくは「 ar アラ 」に近い音(おん)を持つ縄文語の語彙から、語尾の子音を微妙に変化させて成立したものだと思っている。
 つまり、変わったのはアイヌ語の方で、語尾の子音「 -r 」を「 -n 」に変えたのだ。「 アラ 」を「 アン 」と発音するようになったのである。「 アン 」の「 ン 」を小さい「 ン 」で表記したのは、もちろん意味を込めているのは、ご推察の通りである。
 人類の口蓋(こうがい)の中での舌の動きの特性は、世界のどの民族にも当てはまる特性が有って、アール( R )とエヌ( N )の
発音は相互に転換しやすいのだと言う。特にRとNが隣り合ったようなとき、転換が起こりやすいと言う。アイヌ語で一つの例を挙げると、「タッカンナイ」という地名がある。「 tat - kar - nay 樺の木の皮・を刈る・沢」がその語源、地名の意味だが、
ここでは「 kar + nay 」の kar の語尾の「 r 」が、 nay の「 n 」の前で「 n 」に転換し、タッカルナイ がタッカンナイ に変化しているのである。

...これがアイヌ語に特有のものではないことは、隣人の日本語でも同様の音韻転換が日常茶飯(にちじょう・さはん)に起こっていることで証明される。一例を挙げよう。教室での子どもたちと先生の会話と思ってください。
...先生:「ねえ、みんな ! どうしてこの答えになるのか、分かる ? 」 生徒たち : 一斉に「分かンなーい ! 」

 古代の言葉「縄文語」の、未確認の「取って替わってここに在る」に相当する語彙は、アイヌ語では発音が少し変わってしまい残らず、一方の大和言葉の方には原型を留めた形で、或いは全く音韻変化をしないで残った。それが「有る・在る」なのである。 なぜ大和言葉にだけ古い形が残ったのか、残り得たのか。それは、日本列島に元々住んでいた縄文人が、朝鮮半島や南方の諸島からの新来者との接触の中で生活形態を変え、代わりに自らのアイデンティティを失わないための古い発音への執着が産み出したものだろう。明治以降の政府の棄民政策に従順に従い、苛酷な生活を余儀なくされた中・南米への移住者たちが、なお、しっかり日本文化の伝統の思考様式と行動規範を守ったように。

 日本語の「有る」の方が伝統の香りを残した語彙なのだ。次回は、発音の点だけでなく似たような意味の「語彙の集合体」の
比較という、別の観点から、「有る」の方が伝統に立った正統派であることの証明を試みようと考えている。
  (次回につづく)



by atteruy21 | 2018-07-23 10:21 | Trackback | Comments(0)

通巻第324号 「有る」と「 an 」についてー20

 前から在る何者かに取って替わって、そこに位置を占めるというのが、縄文語の「i-ar イアル 」の意味である。包み隠さずに、あけすけに言えば、極めて侵略的な言葉なのである。前住者を追い出して、そこを占領して自分の土地にしてしまうと言うような事態が、この語の本性を表しているのである。縄文語を話していた我々の祖先の人びと自体が、何度かにわたって大陸の方から、時に陸続きの土地を歩いて、時に舟で島々を経廻(へめぐ)って、この日本列島に「やって来た」のである。その時に、そこに前の住人が居たのかどうか。居たとすれば、前住者と新来者との関係はどうだったのか。
 アイヌ民族の伝説に、「コロポックル」と呼ばれる人びとが登場する。アイヌ語で「蕗(ふき)の下の人たち」と解釈できるので「蕗の下に入るんだから小人に違いない」とか、「いや、蝦夷地の蕗は大きいから、小人などではない」などと、喧(やかま)しい論争が有ったと言う。アイヌやその祖先の人たちが、どうやら南の方から日本列島に渡って来たらしいというのが定説になりつつあるようだから、アイヌもコロポックルの人びとから見れば「新来者」であった訳である。「コロポックル」と呼ばれた人たちと
アイヌの祖先の人たちが、どんな関係を持ったのかは知られていない。良好な関係を持ったかどうかは断定できないが、呼び名の
語尾に「 kur お方・人たち 」という言葉が付くことから、少なくとも、アイヌが先住民を見下してはいないこと、一定の敬意を払っていることが推察できる。
 ただし、「 rep-un-kur 沖の人=外国人 」などとアイヌの土地に攻め入って来る人びとをも、アイヌは「 kur 」と呼ぶ訳で、「 kur 」が付くから良い人だとは限らない訳である。少なくともアイヌは、自分たちの同胞以外の人を、「人外の人」だとか、「人間以下の見下げた存在」と見るような恥ずべき態度はとらなかった、ということだけは呼称から推察できるのである。

 アイヌ民族は、蝦夷と蔑(さげす)まれた時代を含めて、他の民族を卑しめたり、貶(おとし)めたりと、そういう態度は歴史上、一度たりともとっていない。また逆に、自らを恥ずべき存在と卑下する態度も、ごく一部の時期を除いてとることはなかった。
 それは、何故か。世界の歴史上で殆んどの民族が、他の民族を支配できるか支配されるのかで汲々とし右往左往している中で、アイヌ民族のこの孤高の在りようは何故可能であったのか。それは、交易の民・アイヌの生活感覚、生きて行く為の必須の理念であったからに他ならない。交易で生きて行く為には、相手の存在を認め、与え与えられる対等の人間関係とそれを支える人間観が無ければならない。このことは、同様の貿易立国の立場を採った琉球の人びとにも当てはまる。沖縄の人々の、人にへつらわず、また人を蔑むこともない、時に、日本政府や米軍の権力にも屈せずにへこたれず闘う姿は、こうしたアイヌの先人たちの伝統にも繋がっているように私には感じられる。
  (次回につづく)

by atteruy21 | 2018-07-21 10:55 | Trackback | Comments(0)