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生産活動に見る縄文と弥生ー191 (通巻第542号)
 旅というものは、一度行ったら必ず帰って来るものだ。行ったきり帰ってこない旅と言うのも無い訳ではないが、それは特別な事情があって帰れなくなった、或いは帰らない事を決めたような場合だけである。帰ることを最初から予定せずに出掛けることを人は旅するとは言わない。その「旅」という言葉も、ただ単に「行って、帰って来る」だけを意味するものでないということも、言葉の意味を構成する重要な観念の要素として、しっかりと押さえて置かなければならない事柄である。中世以降の商人たちは、この「旅」という語彙に、「大切な価値をもった何者かを持ち帰ること」という新たな観念を与えた。
...それはまた、視点を変えれば、その「価値をもったもの」とは自分自身であるということも排除はしなかったのである。旅に出て何かを学んで、視野を拡げ一回り大きくなった新たな自分に、近江商人などは価値を認めた訳である。

▽ 旅はまた、継続的かつ日常的に、繰り返し行われるものという観念を重要な柱として成立した、比較的に新しい言葉である。そう私は考えているのだが、それには一定の根拠が有るのだ。人が何らかの目的で旅行するようになったのは、少なくとも庶民が自由に各地に行って、帰ってくることができるようになったのは、そんなに早い時期の話ではない。江戸時代の中期以降、例えば「お伊勢詣(まい)り」などが、宗教行事を装いつつ庶民にとっての事実上の娯楽(観光旅行)行事として盛んに行われたが、これは一生に一度だけ許された例外の自由であり、羽目を外し勝ちな遊行(ゆぎょう)の旅であった。
▼ 庶民の旅が一般化するのは、日本においては戦国時代以降のごく新しい習慣である。それは勃興する商人階級が、寺社などの宗教的権力や戦国大名などの封建権力の支配をくぐり抜け、堺商人を始めとする自由な商業活動を公に権力側に認めさせる時代を待っての事なのである。自由な旅の楽しみなどは、言わば現代に至って初めて成立した観念なのである。松尾芭蕉が、奥の細道を旅し得たのは、富農や豪商がその経済的実力で、幕府に文句を言わせないだけの力を蓄えたからに他ならない。

◎ 庶民の経済活動が社会を動かす大きな原動力になるまで、そこまで社会が発展しないと、日本においては「自由な旅」という観念は生じなかった。因みに、アイヌの社会では、日常的な反復する商業活動、活発な物流の活動は生じなかったから、そのために必要な、「目的をもってする旅行」の観念もまた生じなかったようだ。日本との交易( uymam ウイマムや omusya オムシャ )は有ったが、これは十年、二十年のレベルで行われるもので、とても日常的・反復の行いと言えるものではなかった。

☆ アイヌ語には、旅行にピタリと当たる言葉は存在しない。 payekay とか omanan などの少し似た意味の語彙は有るが、何れも「歩き回る・ほっつき歩く」といった語感となり、「目的をもって行き、価値ある何かを持ち帰る」を意味する「旅する」という語句には遠い、かなりの距離があるのである。    (次回につづく)

by atteruy21 | 2019-02-28 13:01 | Trackback | Comments(0)

生産活動に見る縄文と弥生ー190 (通巻第541号)
 「大和言葉に込められた、古人(いにしへびと)の魂の、その源郷を探る旅に出よう ! 」... こういう言い方を私が好むのは、このブログに前から親しんで頂いている皆さんには、もう先刻ご承知のことだろう。私は、旅が好きである。大勢の仲間とともに賑やかに行くバス・ツアーも愉しいし、妻と二人きりの、ゆったりとした時間を楽しむ旅も、やはり趣(おもむき)がある。
 ところで、古くから有るこの「たび」という言葉は、どんな観念を表しているのだろう。古くからの言葉であれば、先ず、古語辞典であらまし(概略)を知っておくのが賢明というものだろう。

▽ たび【旅】(名)家を離れて、一時他の場所へ行くこと。旅行。〈語例〉万葉集・三・ニ七ニ 高市黒人(たけちの・くろひと)
  ... 旅にして 物恋(こほ)しきに 山下の 赤(あけ)のそほ船(ふね) 沖へ漕ぐ見ゆ
(現代語訳) 旅にあって(なんとなく)もの恋しいのに、山の下から朱塗りの船が 沖へ沖へと漕いで行くのが見える
 [参考]「赤のそほ船」の「そほ」は、丹(に)の土のことで、それを船体に塗るのは、官船であることを示す目印とも、魔除けの為ともいう。(私の補足)私の心は何処と無くもの悲しいのに、朱塗りのきらびやかな船が何と賑やかに出港して行くことだ...。

▼ 旅というものは、行ってそして帰って来るものだ。「可愛い子には旅をさせよ」という格言がある。それは、可愛いわが子が旅の中で他人様(ひとさま)に、世間様に揉(も)まれて、苦労して何か大切なものを学び、手に入れることが大切なのだという事を意味している。旅というものは、物理的には「行って、そして帰って来る」という運動の観念が基本となる。ただ、単に行って、
そのまま手ぶらで帰るを意味しない。行って、そこで何かを為(し)て、何かを変える事を通じて、己(おのれ)自身が変わる、そういう観念をこの「たび・旅」という言葉は含んでいるのだ。何処か聞き覚えのある観念だろう。この「可愛い子には...」という格言は、古いものではなく、近世の商人たちの間で育(はぐく)まれた処世訓である。近江商人を始め、生産物を流通させることで大きな経済的・文化的な役割を果たした商人たちが、誇りを込めて語り伝えた商人の倫理観でもある。

◎ この格言の「可愛い子」というのは、実は、肉親の「我が子」を指すだけでなく、「利子 = 商業活動によって正当に得られた新たな価値」を直接的には意味していたのである。社会に役立つことを通じて、世間様に喜ばれてこその商(あきな)いなのだという近江商人の倫理観は、現代の、「アベノミクス(アホノミクスとも)」に狂奔する日本の大企業にとっては縁の無い格言かも知れないが...。

☆ 何かに作用し、その何かが反応して、何かを持って新たな姿で帰ってくる...何やら聴いたことのある... (次回につづく)

by atteruy21 | 2019-02-27 12:25 | Trackback | Comments(0)

生産活動に見る縄文と弥生ー189 (通巻第540号)

 食糧を生産する行為、或いはその準備の行為をすることを表す言葉に、例えば san や sap 、或いは tan や tap などの、対になった言葉が使われることが多いのだが、ペア(一組)になっている言葉の n と p のどちらの方の子音を持つ語彙を用いるのか、選ぶのかについて、何かはっきりした基準なり法則が有るのだろうか。
...その行為のある種の性格の違いによって、その n と p の使い分けがされているのではないか。前回に例示した二つの言葉の在り方の中に、その重要なヒントが有るのだと私は思っている。

▽ sanke 「(猟師が)獲物を(山から)降ろす」という行為は、個別的・偶然的に、言葉を換えて言えば「私的に」行われる行為であって、コタン全体が関わる公的なものとは言われない。もう一方の iso-e-tap-kar の方は、村人が総出でレプンカムイからの鯨の賜物(たまもの=プレゼント)を盛装して感謝の意を示しながら受け取る訳である。この行為は、村(コタン)を挙げての、正に公式の行事であり、祭りでもある訳である。

▼ 通説の立場では、「 n 」と「 p 」の対比は、単数と複数の対比であるとか、少しだけ視野を拡げたところで精々(せいぜい)一回性の行為と多数回の差を表すのだとする程度の平面的な捉え方で語られる。
...私は、「 tap 」という行為に、大勢の人が関わる(パブリック=公的な)という観念や、さらに多数回の、繰り返し行うなどの意味を重ね、継続的に価値ある何者かを人の手で造(創)り出すという、極めて複雑な高次の、異次元の語意を与えようとしているのだ。この事は、少し疑いを含みながら、それでも私の長い噺(はなし)を、それこそ根気強く聴いて頂いた皆さんなら、今はもうご理解を頂けたのかなと思う。

◎ この様々に絡み合う輻輳(ふくそう)した意味合いを、 tap という語彙が持っているのだということを、これから、大和言葉の力を借りて、また別の視点から眺めてみるという考え方からも、tap というアイヌ語に縁(えん)があると思われる「たび」という大和言葉に沿いながら、その異次元に亘(わた)る語意を証明しようという訳である。

☆ 「たび」という大和言葉の、その音(おん)に宛てられる「振り仮名( = 振り漢字)」は少なくない。度々(たびたび)の「度」、
旅をするの「旅」など...。この「 tabi 」という発音には、既に幾つかの異次元の語意が含まれているのだが、思い当たるところがお有りだろうか。先ず、「旅する」の方から始めよう。   (次回につづく)

by atteruy21 | 2019-02-26 10:53 | Trackback | Comments(0)

生産活動に見る縄文と弥生ー188 (通巻第539号)
 tan から tap への言葉の進化・発展の検証作業に入ろう。道幅の広い、真っ直ぐな道を行くのではないことは、先ず、お断りして置きたい。
... tan という言葉が、古くは「 tar ( ta + ar → tar )」と言う形で合成されて出来た語であって、その合成された語彙が、何らかの音韻変化の法則に従って tar → tan へと発音が変わって来たものであると述べてきた。「 ta 打つ 」という語が根となって、その打つという行為の対象となった何者かから有益な何かを取り出す行為が tar であり、取り出された物が tan なのであると...。
【 Tan pe anakne ... 斯(か)くして在る、この物と申しまするは... 】

▽ 回り道、寄り道をしながら、道草を喰い過ぎて歩けなくなったりしつつ、語尾子音の「 n 」から「 p 」への変化が、反復し繰り返す関係や、それを高い次元で統一する意味合いを持つに至るまでを、「石橋を叩いて渡らない」くらいの慎重さで検証して来たわけである。
▼ 狩猟採集の、カムイの恵みをそのままで受け取る「 kar 狩る・採る・摘む 」という言葉で表される生産活動と異なり、ごく簡単なものとは言え、農作業を始めた縄文後期の列島の住人は、大自然との関わりを強め、大地の活力を引き出し利用する様々な道具や方法を工夫して、生産力を飛躍的に向上させる弥生社会へと道を進んで行く訳である。
...この過程が、言葉で言えば tar から tan へ、更には tap への変化と並行して進んで行く道筋が象徴されていると言うのは、喩え噺でもなければ独断でもないのである。
△ tan から tap への語彙の変化は、農作業(他の生産活動を含む)の日常性・継続性を、人々が社会の重要な機能として認知したことの表れと見る事もできるのである。実は、狩猟採集社会でも、人が山へ猟に行って、獲物を背負って山を降りる、換言すれば獲物を降ろす( sanke / sapte )、人々がそれを出迎えて喜ぶという人間関係が生じる。行って、そして何かを持って帰るという関係が生じる訳だが、それは、あくまでも猟師とその家族だけの個別の、非継続的な、言わば偶然の関係であって、全体としての社会が関わる問題ではない。猟師が獲物を持ち帰るのに、 sapte (獲物を降ろす)と言う語が用いられないで、 sanke と語られるのは、大勢の人(社会)が関わるのか否かが問題になるからだと私は思うのである。
◎ その意味で言えば、鯱(シャチ=レプンカムイ)がアイヌの為に鯨を浜に打ち上げて、それを盛装して人々が迎える風景、...
aynupitoutar usiyakko turpa kane isoetapkar iso erimimse...
 人間たちが みんな盛装して 海幸をば喜び舞い 喜び躍り...とアイヌ神謡集に語られる時、 tap-kar と「 tap 」の語彙が選ばれるのは象徴的である。  (次回につづく)

by atteruy21 | 2019-02-25 11:08 | Trackback | Comments(0)

生産活動に見る縄文と弥生ー187 (通巻第538号)
 オウコッナイの意味の解析で参考にして貰いたい、以前の私の論考が有るのでお読みいただきたい。「アイヌ語と日本語には、主語と目的語の区別がなかった ?...その29」の一節である。

...前段省略...古い時代のアイヌの人たちは、知里博士が正しく指摘されたように、川を生き物だと考えていた。だから、川にも男女の別があって、性行為をして子を産むこともあれば、喧嘩して夫婦別れすることもある。生まれる川もあれば死んだ川だってある。この辺のことは、知里博士の「アイヌ語入門」に豊富な事例で楽しくて参考になる語彙の紹介がされているので、一読を心からお奨めする。
 また、東北地方以北の日本の地名には、アイヌ語由来のものが少なくないが、その中にも尻だの喉(のど)だの鼻だのと、身体の部位を主な命名事由とした地名が数多く存在する。北海道に入るとレパートリーがさらに豊富になり、顎(あご)だの肘だの、手足から「あばら骨」まで、体の部位であって地名に出てこないものは探すのに苦労する程である。

▽ 地名(河川名)「 Oukotnay 」の正確な分析は、 o-u-kot-nay「陰部が・共に・繋がっている・沢」である。知里氏は「 kot 」を「~に付ける」と他動詞のように訳しておられるのだが、もしそうであるなら、動詞は「 kote ~を~にくっ付ける」ないしは「 un ~を~に付ける」を選ばなければならないと筈である。
...「津波 ho-rep-un-pe 尻を・沖・に付けている・者」という語を思い出して頂きたい。「 kot 」は他動詞でなくて、自動詞の「繋がっている・くっ付いている」なのであって、従って陰部「 o 」は、目的格に立つ「陰部に・陰部を」を意味するのではなく、主格に立つ「陰部が...」と訳さなくてはならないのである。

▼ この地名全体の意味を改めて逐語訳すれば、「陰部が・共に(互いに)・繋がっている・沢」となって、結局「交尾している川」という意味になる訳(わけ)である。訳の取り違えが少し気になるが、途中経過はともかく結論は正しい形に訳されて、「めでたしめでたし」である。

◎ 蛇足を描き加えるが、他動詞の「 kote 」は、自動詞「 kot 繋がっている 」に使役の「 -te 」が付けられた、「 kotte ・繋がる・らせる 」であると考える事も可能な訳(わけ)で、それが元々の語形だったのかも知れない。「 kote 」も「 kotte 」も
発音的には同じ「コテ」となるのであり、案外、この考え方が正解だったのかも知れないと私は思うのである。...以下、省略。
   (次回につづく)

by atteruy21 | 2019-02-24 14:48 | Trackback | Comments(0)

生産活動に見る縄文と弥生ー186 (通巻第537号)

 「持た・せる(与える)」という語彙に、文字通りに「 kor 持つ・ te させる 」と言う語を当て、かつ、それに音韻転化法則を機械的に当て嵌めると、「 kot-te コッテ 」という語になって「持たせる」という元の意味が失われるばかりか、元の意味とは無関係の「くっ付ける」という、全く別の語彙になってしまうと前回に述べた所である。ただ、この言い方は理解を早めるための便宜的表現であった訳だが、それにしてもアチコチに綻(ほころ)びの目立つ不完全な定義であるので、補足の説明を加えて正確を期して置きたい。

▽ 先ず、アイヌ語「 kot 」という語彙は、名詞の「跡(あと)」という意味が登載されているだけで、動詞の「 kot くっつく」という語彙は項目に無い辞典が有るのである。アイヌ語の「 kot 」に「付いている」ないしは「付けている」の意味が有ることは、高名な学者の辞典に仮に登載されていてもいなくても、地名に出てくる川の名前などから、その存在は明らかなのである。
...これも高名なアイヌ語学者の知里真志保博士の「アイヌ語入門」に次の川の名が紹介されている。
▼ 「 Oukotnay オウコッナイ」...知里博士はこれを「 o 陰部を・ u 互いに・ kot くっ付けている・ nay 川 」と分析して、二つの川が人間のように交接(性交)している姿だとされた。残念なことに、知里氏のこの見解は結果だけ見ると正解とはなるのだが、肝心の「 ukot 」という動詞を「互いに陰部を付けている」と誤って他動詞に解釈してしまっていて、結論はともかくとして、途中経過に見過ごせない誤りがあっては、とても正しい訳(やく)だとは言えないものなのである。

◎ 「 o-u-kot 」は、「陰部を・互いに・付けている」ではなく、「陰部が・互いに・くっ付いている」と自動詞に訳すべきで、換言すれば、「陰部= O 」は、目的格(陰部を・陰部に)に立つのでなく、主格として「陰部が・ともに・くっ付いている」と自動詞として訳してやらないと、古いアイヌの川に対する見方とはずれてしまうのである。
☆ さらに、「 kot 」が自動詞であることの証拠には、他動詞の「 kote 」という語彙の成立をどのように解釈するかの問題でも
浮上する点があり、そこでも証明されるのである。ある辞典では以下のように述べられる。
...コテ kote 【動3】~を~にくっ付ける、~を~に繋ぐ。 この辞典ではこれだけの記述で、語の構成、形成過程は論じられていない。私は、この「 kote 」は、元々「 kot-te くっ付く・させる=くっ付ける 」という形で構成されたのだが、それを読む時は子音のティーの一つを落として、「コッテ」ではなく「コテ」とアイヌの古人が言い慣(なら)わして来たのだろうと思うのである。
    (次回につづく)


by atteruy21 | 2019-02-23 14:33 | Trackback | Comments(0)

生産活動に見る縄文と弥生ー185 (通巻第536号)
 同一の子音が続いて語中に表れるのを、アイヌ語は嫌う傾向がある。前回の例文で Atteruy (アテルイ)だの attus (アトゥシ)などを例示し、確かにそうなのかも知れないと思われた方も有ったと思う。だが、もう一つの、動詞の「 kore 与える 」の分析については、アイヌ語に詳しい方だったら、「文法的におかしいぞ !」と疑問に思われたことだろう。その見方は正しいのである。

▽ アイヌ語の文法では、動詞の使役形を作る場合、語尾に re または te を付けて「~させる」という意味を表すのである。
...例えば、「行く( oman )」という語を使役形にして「行かせる」という時は、「 oman + te オマンテ 」という語になるし、「逃げる( kira )」を「逃げ・させる=逃がす」という場合は「 kira + re キラレ 」という単語が出来上がる訳である。鋭い観察眼を持つ方ならば、語尾に付ける接辞の te と re の選択は、動詞の語尾が母音であるか子音であるかによって決まるのだな、と看破されたかも知れない。
...その通り、動詞の語尾が母音で終わる語彙には -re が付き、子音で終わる閉音節の言葉には -te が付くのである。この原則に従えば、「持つ( kor )」という語の使役形を作る時は、動詞語尾が r という子音であるから、当然、「 kor + te 」となる筈であり、読み方も「コロテ」とならないと可笑しいと言うのである。これは、使役形を作るという原則から見れば正しい指摘である。しかし、原則にも幾つか有って、この使役原則を貫徹すると別の問題で困ったことが起こるのである。

▼ 「持た・せる」を原則通り「 kor-te 」と発語してしまうと、アイヌ語の連音の大原則が働き、「 r アールは、 t ティーの前に来ると、 t ティーに変化する」のである。従って持たせる(与える)という語は、「 kot-te コッテ 」にならないと可笑しいという理屈になる訳である。アイヌ語に少しだけ詳しい方ならば、これは「与える(持たせる)」という言葉の筈が、いつのまにか「くっ付ける」という、全く別の語彙に変身しているという説明のつかない事態に陥いっているのに気付く訳である。
 知里真志保「アイヌ語入門」を覗いて見よう。
...(Ⅲ) r は、 t の前では、それに引かれて t になる。
 retat-tat 「シラカンバの樹皮」。 ← retar (白い) + tat (樺皮)
 Retat-toy レタットイ ← retar (白い) + toy (土)。アブタ郡。地名解174。...以下、省略。

◎ 意味が違っても音韻転化の法則を大事にするか、意味を変えないためには転化の法則を少し修正するかの選択の問題である。
 アイヌの人々は、使役の法則に一部手直しを加えて、 kot-te でなく kor-re を選び、しかし、実際の発音は r 音を一つ削り取って、「 kor-e 持たせる 」とし、双方の面子(メンツ)を立てる形で譲歩したのではないだろうか。   (次回につづく)

by atteruy21 | 2019-02-22 12:44 | Trackback | Comments(0)

生産活動に見る縄文と弥生ー184 (通巻第535号)
 tan と tap の関係を解明するためには、先ずもって必要となる手続きとして、やはり、子音 n と p の関係の再確認は欠かすことが出来ないものだろう。今までに取り上げ検討した san → sap の音韻転化にしても asin → asip の変化にしても、どこか説明が中途半端で終っていて、もう一つ腑に落ちないなという感覚が、恐らく皆さんの心に充満し、蟠(わだかま)っているに違いない。改めて n から p への音韻転化の意味のお浚い(おさらい=復習)をして置こう。

▽ asin-pe ...「償いに出す物」を意味し、同時にそのまま「償いとして受ける物」をも表す。「 asip-pe 」は用いられない。
  san-pe ...「(血が)出てくる物・所」の意であり、同時に「出て戻ってくる所」でもある。「 sap-pe 」という語は、無い。
▼ asin も san も、相反する動きと方向が、それぞれに対する否定を経て、より高い次元に矛盾なく統合されるという関係性を内に含む語彙である。だが、この複合した関係性を san や asin よりも色濃く反映している筈の、 sap ・ asip という語の方を用いることなく、「心臓」という言葉や「償いの品」を表すのに「 san-pe 」や「 asin-pe 」の語が遣(つか)われたのは、別に意味が有ったと考えるほかは無いのである。
...この別の理由については、既に述べたことなので、もう気が付いておられるだろう。「 sap-pe 」、「 asip-pe 」と P 音が連続・重複することを避けたのである。音の重複を避けるのが、そんなに大問題なのかと不審に思われるかも知れない。ところがアイヌ語においては、この同一の子音が連続することを嫌う傾向が、ことのほか強いのである。
◎ 同一子音の連続を嫌う語例の幾つかをお目にかけよう。ただしアイヌ語の表記の誤った使い方により、辞典の類いでも誤った語彙として登載されている場合があるので、注意が必要なのだが...。
...kore (与える)という基本語彙がある。語の構成としては、「 kor-re 持つ・させる = 持たせる = 与える 」であると考えられる。この言葉は、実際には文字通りに「コルレ」とは発音されず、「 コレ kor-e 」と発音されるから、辞書によっては、この「与える」を「 kor 持つ・ -e させる 」であると、使役の「 -re 」に代えて新たに使役の「 -e 」という新語をでっち上げて「 kor-e 与える =持た・せる」という項目を立てている学者もおられる。
 ☆ 実は、私のハンドルネームの「 atteruy 21 」の「 at-te 」という言葉も、「 at 群がり立つ・ te させる 」蜂起させるという意味なのだが、T 音の重複を避けて実際の発音は「アッテルイ」ではなく、T の音を一つ落として「アテルイ」と読むのである。同じことは、厚司( attus )オヒョウニレなどの木からとった繊維で織った上着なのだが、この「 at - tus 」の内の T 音の一つを落として「アトゥシ」と発音される。尤も現代語の話者は平気で「アットゥシ」と発音しているが。バチェラー八重子が聞いたら、何と言って嘆くのだろう。...裾燃ゆるアトゥシを纏いウタリをば教えたまひし君慕わしも...歌集「若きウタリに」より
    (次回につづく)

by atteruy21 | 2019-02-21 12:03 | Trackback | Comments(0)

生産活動に見る縄文と弥生ー183 (通巻第534号)

 サンペ(心臓)の語源、つまり言葉の成り立ちの謂(いわ)れを、「 san-pe 出る・もの 」とした。これは間違いの無いことだと私は思う。しかし繰返し述べてきたようにアイヌの物の名付けは複眼的に行われるもので、この「 san-pe 」という名付け方にもそれは適用されるのだ。「出る・もの」とだけ言っていると見えにくいのだが、少し趣を変えて「出てくる・物」と言うと、指し示す物が違って来るのだ。出てくる物は血液だけであろうか。ここに思わぬ落とし穴が有るのだ。動物の解体風景を思い浮かべて頂きたい。

▽ 実は、サンペという言葉は、「心臓」だけを意味しない。胃とか肝臓なども「 sampe ( sanpe )」と呼ぶのだ。カムイの前で獲物の解体・腑分けをし、それをカムイに捧げ、またウタリ(村人)で分け合うのだが、胸部に刃物を入れその内臓を順に取りだし並べて行く訳である。先ず心臓が現れ次に肝臓が取り出され...と続く訳だ。もう、お分かりだろう。内蔵全般を「 san-pe 」と
呼ぶのだ。ただ、サンペと呼ばれる臓器は、イメージ的には手にとって取り出せるような、纏まりをもった臓器を主に指したもののようだ。だから、同じ内臓でも例えば「腸」は、「 kankan カンカン 」と呼ばれ、サンペと言うことは無かったようだ。
 カムイの賜物(たまもの)である獲物の解体に際し、先ず、人々の前に姿を現し、そして最初に神に捧げられるべき大切なもの、
それが心臓であり、解体された体腔の中から「 出てくるもの= sanpe 」なのである。

▼ 心臓を sampe と言い、sappe とは言わなかった事については、こういう事情もあったのだと私は思うのだが、ご賛同は頂けるだろうか。もう一つアイヌ古人の san に寄せる想いを紹介する。見る視点の言葉への表れ方の、現代人との違いの問題である。
...知里真志保「アイヌ語入門」より
...山はまた人間と同様に様々な行動をする。室蘭市内に「ほシキサンペ Hoski-san-pe 『先に・浜へ出てくる・者』」
「イよシサンペ i-osi-san -pe 『それを・追って・浜へ出てくる・者』という名の二つの山がある。これは、沖漁に出た人々が舟で帰って来る時に山アテ(目当て)にした山で、前者は先に見えてくる山、後者はそのあとから姿を現す山であるが、それを古い時代のアイヌたちは、山々が先を争って浜辺へ舟を迎えに出る、というように感じた訳である。...以下、省略。

 サン san とサプ sap の微妙な、しかし見逃すことの出来ない意味の違いを、上のような譬噺(たとえばなし)から感じ取って、汲み取って頂けただろうか。いよいよ次回は、本丸の「 tan 」と「 tap 」の噺に移るのだが、心の準備は如何だろう。
   (次回につづく)

by atteruy21 | 2019-02-20 10:44 | Trackback | Comments(0)

生産活動に見る縄文と弥生ー182 (通巻第533号)

 「人が何かに働きかけ、その何かがそれに反応して...」と第三の複合された意味の形成の過程を説明した。だが、この説明は実は全面的なものではない。人に限らず「何かの物が、或いは何らかの事柄が他の何者かに作用して...」と語り出すべきものであったのである。「 n から p への子音の転化 」がもたらす意味の高度化は、人が主体となって行う行為に関わるものには限定されず、事物の動きに関するものにも適用されるという事である。

▽ アイヌ語に「 sampe =心臓 」という重要な語彙がある。以前に擬音語・擬態語の問題を取り上げた時に、この sampe という語彙は古くは「 rampe = 律動するもの 」と言い、語頭の r が s に変化して成立したものではないかと述べたことがある。
 それは今も変わらない私の見方なのだが、アイヌ語には物の名付け方で興味深い特徴があって、それは物を一面からだけ見るのでなく、多面的に色々な方向から見て、それで目についた幾つかの特徴を、一語で表すような言葉を選び、名付けるという傾向である。体の中で「 ramram ・ズンズン 」と低く律動するという心臓の在り方の他に、「血液を送り出し回収する」という、より複合し高度化した大切な機能を表す言葉として「 sampe 」が成立したのではないかと私は考えている。

▼ sampe の語源、語の構成は恐らく「 san-pe 出る・もの 」であろう。出るものは何かと言えば、それはもちろん血液である。
血液は心臓から出ると全身を経巡り(へめぐり)、そして心臓へと還って来る。狩猟を重要な生業(なりわい)としたアイヌ民族は、動物の解体を日常とした暮らしの中で、心臓のこの機能は、小さな子どもでさえ体験を通して学ぶでもなく身につけた当たり前の知識であった。「 san 」は、「出る」という原初の意味から出発して、次第に「出て、そして何かを持って還って来る」という次元の異なる意味合いを獲得して行ったのだろう。繰返し述べてきた事なので、これ以上の説明は省こう。

△ だが、一つの疑問を呈する慎重な方もおられるかも知れない。それは、心臓の、その「出て、戻って来る」という意義を表すには、「 san 出る 」ではなく「 sap 出て戻る 」の方が相応(ふさわ)しく、従って、血液が「出てそして戻るもの」と言いたいのであれば、「 sap-pe 」になる筈(はず)ではないか、と。

◎ その通りなのである。だが、ピー音の重複を避けて語の意味合いを明確化するという言葉に内在する要請が、言わば言霊が、
この言葉に san という言葉を選ばせたのだと私は考える。
   (次回につづく)

by atteruy21 | 2019-02-19 10:55 | Trackback(11) | Comments(0)