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縄文語のかけらーその101 (通巻第786号)

 「 nirus 」というアイヌ語が、「牙・犬歯」という意味を表すのか、それとも歯茎(はぐき)を示す語彙なのかを巡って検証を
続ける中、この語は同時に「苔(こけ)」をも意味すると言うことが新たに分かった。
...それは単なる同音と言うだけの、赤の他人の語彙同士であるのか、それとも、共通の水源を持ち濃い血で繋がった兄弟の言葉であるのか。そんな事を考えるうち、一見しただけでは全く次元の異なるかに見えるこの二つの「語意」に、「何かの表面を覆うもの」という、共通項となり得る観念が存在することにハタと気が付いたのだった。

▽ 「苔」と言う語意が重大な秘密を明かしてくれる、謎を解く「鍵」になりそうだ。そこで登場したのが苔を表す二つの表現、「ニウル」と「ニルシ」である。ともに「木の毛皮・木が纏う(まとう=着る)皮」=「苔」と言う意味上の論理構成となる。
...中川辞典によれば
 苔 ニウル niur ← ni (木) ur (毛皮)
   ニルシ nirus ← ni (木) rus (毛皮・皮)
   
▼ 「毛皮」に該たる言葉には「 ur 」と「 rus 」の二通りが有り、その違いが問題となる。これも中川辞典で見てみよう。
...ウル ,-リ ur,-i (名詞) 毛皮で作った衣服 ; 「毛皮」そのものは rus 。
  モウル ,-リ mour ,-i  (名詞)女性の肌着 「 mo -ur 」は、 恐らく 「 mo (小さい) ur (衣服) 」の意であろう。

◎ 「 ur 」は、毛皮と言うよりも「衣服」に意味の重点を置いていると考えられ、しかも肌に接する衣服を言うようだ。それは何故そう言えるのかと言えば、「 urki ウルキ = シラミ 」と言う言葉も有るからである。
...urki と言うのは、人間の肌につくシラミを言う。もう今の若い人には死語になってしまったが、「ウルキオ【 urki-o 】= 「シラミったかり」だとか「ウルキコイキ【 urki-koyki 】= 「虱(しらみ)取り」と言う言葉があった。
 虱取りと言えば、下着を脱いで下着に食い付いている虱を、指で摘まんでそれを捻り潰す、極めて根気の要る作業であった。
蚤(のみ)と違って虱は小さいから、多くの場合、脱いだ下着を熱湯に通して煮沸駆除するのが普通だった。

☆ モウルと言う言葉も、モウルの「モ・ mo 」の音も、「小さい」の意味よりも、肌に接する「穏やかな、軟らかな」着物と言う意味なのかも知れない。
...苔と言うのは、木や大地が纏(まと)い身に着ける、柔らかい肌着だと言う訳である。

     (次回につづく)

by atteruy21 | 2019-10-31 13:09 | Trackback | Comments(0)

縄文語のかけらーその100 (通巻第785号)
  nirus ニルシ という言葉について、未だ説明が不十分で皆さんの胃の腑(ふ)にストンと落ちてはいないようだ。
...ユカラやアイヌの古い説話の中では、「 nirus(-ihi) 」は「牙(きば)」を表す語彙として用いられている。だが、この言葉の語源と言うか語の構成に関しては、現代のアイヌ語の話者や研究者の間でも見解が大きく別れている現状がある。

▽ 現代のアイヌ語研究者で第一人者とされる中川裕氏は、「 nirus 」に牙ではなく「歯茎(はぐき)」の訳語を充てられる。その語彙の構成について、中川辞典では以下のように述べられている。
...ニルシ nirus 【名詞】歯茎 ; 〈 ni 「歯(語根)」 rus 「毛皮」

▼ 「歯の毛皮」って、いったい何だろう...。それが私の辞典を読んでの第一印象だった。理解に苦しむと...。しかし、ここは気を取り直して、中川教授の言わんとする所を推し測ろう。
 「 rus 」は皮や毛皮と言うよりも、「表面を覆うもの」と解釈すべきものではないか。「歯茎」は歯根を覆うものであって、歯というのは次々と歯茎の下から生えてくるではないか。人間の歯と違って獣の歯は何度も生え替わるのだから...。
...しかし、「 rus 」を本当に「表面を覆う」と解釈して良いのか。中川氏の考えだけで理由付けして差し支えないのか。ここはベテランのアイヌ語話者だった萱野茂さんに登場して頂く外(ほか)あるまい。

◎ 萱野茂アイヌ語辞典 
 ① ニルシ ni-rus (樹上の)苔。 ni (木) rus 「皮、木が纏(まと)っている皮」
...ナルホド、苔と言うのは、木が身に纏っている皮か。
 ② ニルシ nirus/nirusi(-hi) 牙。犬歯。歯茎。
...こちらの方には、語の構成の説明はされていない。

☆ 萱野氏も中川氏も、ニルシに歯茎の義を認めており、ともに「何かを覆うもの」の観念でこの語を捉えておられる。
...もう少し、この「覆うもの」の観念を逐(お)ってみる必要が有りそうだ。苔と牙、或いは歯との共通点が果たして有るのか。

★ 樹上の苔に限らず、「苔」一般の語彙は有るのか。少なくとも、湿った場所に生える苔をアイヌ語では何と言うのか。
...萱野辞典 苔 sir-rus シンルシ ← sir (大地の) rus (毛皮、皮)
       苔 ni-ur  ニウル ← ni (木) ur (毛皮)...但し、樹上に生えた苔。
        ni-rus ニルシ ← ni (木) rus (毛皮、皮)  
...中川辞典 niur 【名詞】苔の一種。シンルシと異なり、木にペタッと被さるように...(以下、次回に) 

by atteruy21 | 2019-10-30 12:51 | Trackback | Comments(0)

縄文語のかけらーその99 (通巻第784号)

 「突き抜ける」と言う観念に対して、古代日本列島人は「 nit 」という言葉を与えた。そして、その「 nit 」という言葉は、ほぼ同一の音をもって語られる、全く別の概念の「硬直した死体」と混同され、後にその二つの語彙は習合(しゅうごう)した。
...そのように私は推定しているのだが、そこに更に「忌み言葉」の問題が絡んで複雑な変化の相を呈するに至るのだ。
 具体的に言えば、「 nit 」の語尾の子音「 t 」を嫌い、これを「 k 」や「 p 」に取り換える事により、大和言葉では新たに「 nik 憎・難」の語を発生させ、一方のアイヌ語には「 nip =柄(え・つか)・取っ手」と言う語彙を創った。

▽ 私がこれから証明しようと言うのは、「 nit 」から「 nir (ニル )或いは nirr (ニッル )」への変化の問題である。
...アイヌ語の語彙に於いては、一見、「 nir 」に連なる言葉が見当たらない。アイヌ語学者を含め現代のアイヌ語話者は、この「 nir 」の音(おん)を一纏(まと)まりの意味をもった単位としては認識していない。具体的に問題の焦点を明かそう。

▼ 「 nirus 牙 」という言葉がある。通説ではこれを「 ni (歯)+ rus (皮・毛皮) 」と分析し訳の解らない語源解釈をして、それで済ましている。
...私の場合には語彙の境目を違う場所に置き、「 nir (突き抜けて)+ us (生えている)+ -i (者) = 牙 」 と構成する。

◎ 上記の分析の証拠となるユーカラの表現をお目にかけよう。萱野辞典で「 nirus 」の例文で取り上げられた記事である。
...pokna nirus kanna patoye  ikasure ,    kanna nirus pokna patoye ikasure...
 下の 牙が 上の 唇の それを・越え・させ 上の 牙が 下の 唇の それを抜けさせ...(←私の逐語訳)
《萱野氏訳文》 ユーカラの中での狼の描写
...下顎の牙が上唇の上へ出て、上顎の牙が下唇の下へ出て、...

☆ 萱野氏の訳でも、牙が唇を突き破って、突き抜けて出ないと、論理に矛盾を来(きた)すのである。「 nir 」は、やはり「突き抜ける・貫通する」を意味しないと、壮重(そうちょう)で壮麗なユカラの語りが成立しないという事になる。ホメロスの叙事詩に比肩すると言われるアイヌ民族のユカラが、論理に叶わぬ表現をしているなどと、誰が認められよう。

★ (唇を)突き抜けて・生えている・者...それが即ち、牙「 nirus( -i )」である。
...この語源分析にご賛同頂けるだろうか。

   (次回につづく)

by atteruy21 | 2019-10-29 11:35 | Trackback | Comments(0)

縄文語のかけらーその98 (通巻第783号)
 何回か前の「縄文語のかけらーその94(通巻第779号)」で、私は以下のように述べた。
...「 nit 」の音(おん)を避けて「 nik 」という言葉で語るという傾向が古いアイヌ社会に有ったのだとすれば、古い大和言葉にも同様の忌み言葉が有ったのではないか。そんな推測を私はしたくなるのである。

▽ 古語辞典に「にく・ nik 」という音に連なる言葉が果たして存在するだろうか。アイヌ語の「 nit 」の表す忌むべき存在、厭うべき在りようを示唆する古い大和言葉が、平安の都大路を練り歩いた百鬼夜行(ひゃっき・やぎょう)のように、皆さんの眼の前で踊り狂うのか、...大いに見ものである。
...憎し、難(にく)し、あやにく...などは、皆、この百鬼夜行の化け物の類いである。...以下、省略。

▼ 憎し、難しと言葉の意味を探って来て、残りの「あやにく」だけは説明をしない、そう言う訳にも行くまい。
あや-にく (形動ナリ) ①意地が悪い。きびしい。憎らしい。ひどい。無慈悲だ。 ②折りが悪い。あいにくだ。都合が悪い。
《例文》「さらに知らぬ由(よし)を申ししに、あやにくに強(し)ひ給ひしこと...」(枕草子・里にまかでたるに)
《意訳》「その上、知らないと事情を申し上げたのに、意地悪にも追及をされたことは...」

あやにく-がる(自ラ四)〔「がる」は接尾語〕 意地を張って逆らう。また、いやだと思う。
《例文》「習はせ給ふほども、あやにくがり、争ひ(すまひ)給へど...」(大鏡・道兼)
《意訳》「(道兼が長男の福足君<ふくたり・ぎみ>に舞を)お習わせになる間も、(この若君は)だだを捏ね、嫌がりなさるが...」

◎ 「あやにく」は、現代語では「あいにく」に変化している。岩波国語辞典では...
...あいにく【生憎】 それをしようとするのに都合の悪い状態にあること。ぐあいが悪いことに...。
《例文》「遠足には生憎(あいにく)の雨だ」 「あいにく、風邪をひいて欠席した」
    「お生憎(あいにく)さま ! 」...残念でした。あなたに都合良くは、事は進まなかったね !

☆ わが意に反し、嫌な厭(いと)うべきものや避けるべき事態、それを「にく・ nik 」と大和人は表したようだ。
...硬直した死体の観念から出発したと考えられる「にく・ nik 」という発音は、大和言葉の世界では、様々な意味に広がり発展した。では、「突き抜ける」というの観念を基盤にして成立した「ニッ」という音は、大和言葉や沖縄方言ではどんな音(おん)や言葉として発達して行ったのか。それが次の課題である。

★ 「 nir ・ ニッル 」がその音であり、言葉である。それはアイヌ語にも勿論繋がるものである。 ...(次回につづく)

by atteruy21 | 2019-10-28 14:35 | Trackback | Comments(0)

縄文語のかけらーその97 (通巻第782号)
 「にくし」は又、「難(にく)し」と言い、「難(かた)し」とも言う。前回の説明では、「難(にく)し」と「難(なん)」の漢字に敢えて「にく」と振り仮名をした。しかし、これは説明の便宜上分かり易さを優先して敢えてした嘘の振り仮名で、「~するのが難しい」を意味する「~しにくい」に用いる漢字は、歴史上の実際の表記で使われた漢字は、「難」ではなくて、やはり「憎」の字だったのである。

▽ 「にくし」という大和言葉に、なぜ一般的に用いられない「難」の字を充てたのか。詳しく説明している暇が無いので、前に萬葉集の漢字の使い方で、「まひ=贈り物・謝礼」という大和言葉に「賄(まひ)」とか「幣(まひ)」など幾つかの漢字が充てられた例を思い出して頂きたいとだけ申し上げて先へ進みたい。意味内容に相応しい漢字を用いただけである。
...「~しにくい・~し難(がた)い」と言う文脈で語られる場合は、「憎む」の「憎」の字より、「~し難(がた)い」の「難」の字を用いるのが筋だと私は考えた訳である。

▼ そこで古語辞典の登場である。
 -にく・し【憎し】(接尾ク型)...(動詞の連用形の下に付いて)「...するのが困難だ」、「...づらい」の意の形容詞をつくる。
《例文》「いと立ち離れにくき草のもとなり (源氏物語・桐壷)
《現代語訳》「たいそう立ち去りがたい草の宿(桐壷の更衣の実家)であった」
《例語》侮(あなづ)りにくし(=軽蔑しがたい)。応(いら)へにくし(=応じがたい)

◎ 接尾辞の「-にくし」の意味合いを踏まえて、改めて形容詞の「にくし」を再検討してみよう。実は、アイヌ語との関連が見え隠れするような気がするのだ。ただ、元々かなり怪しい噺なので、話し半分、イヤ十分の一ぐらいの、眉唾(まゆつば)ものの話として、気楽な気持ちで聞いて頂きたい。

☆ にく・し 【憎し】(形ク) ①気に入らない。好きでない。②みにくい。快くない。③無骨だ。無愛想だ。
 ④わずらわしい。面倒だ。⑤奇妙だ。⑥感心だ。あっぱれだ。

★ この気に入らないや好きでないと言った感覚。そして「~しづらい、~したくない」という感情を表す点に留意願いたい。
更にもう一つ、ここに「~出来ない」という状態を表す意味が加わると、一つのアイヌ語が私の脳裏に浮かぶのだ。
...「 niwkes ニウケシ 」 ~できない、~したくない、~をしかねる、~しようと思ってもしきれない。
 この「ニウケシ 」という言葉は、何処か大和言葉の「にく」の音(おん)と意味に通じる所が有るような気がするのだ。ほんの笑い話で結構である。何か心にずっと引っ掛かっていたので我慢できずに言ってしまった。これでスッキリした。  (次回につづく)

by atteruy21 | 2019-10-27 13:10 | Trackback(18) | Comments(0)

縄文語のかけらーその96 (通巻第781号)
 硬直した死体( nit )の観念から発想して、日本列島の古代人たちは「邪悪な、厭(いと)わしい」という観念を導きだし、その感情や感覚に「 nik 」という音を与えた。それは「 nit (硬直した死体)」に繋がる t 音を避け、意味を和らげた 中性的な音である k 音に置換(ちかん)して出来上がったものである。

▽ 列島の先人(縄文人)の遺したこの伝統的感覚と言葉を、形と内容を変えずにそのまま引き継ぎ、更に言葉としても発展させたのは、縄文語により近いと考えられるアイヌ語の方ではなくて、何と大和言葉の方だったのである。
...忌み言葉だとか、穢(けが)れの感覚が、或いは怨霊の祟りを極度に怖れるなどの観念が、社会生活の全般を覆い人々の精神を雁字搦め(がんじがらめ)にしていた平安時代の情況の話をしたが、それを是非思い出して頂きたい。平成の語り部、夢枕貘の作品世界の妖怪たちの噺である。

▼ 平安の京の都を徘徊し、平安の闇を支配した御霊(ごりょう=怨霊)や化け物たちは、いったい何処から来たかという噺は覚えておられるだろう。米の生産に伴う富の蓄積が、厳しい階級社会と差別意識をもたらしたのだと。権力者、富裕層にとって地を這い耕し、鳥や獣を追い血を流すなど、様々な卑しい生業に携わる庶民は醜(みにく)く愚かで、まさに、獣や魔物と替わるところ選ぶところが無いと見える存在にしか過ぎなかった。

◎ 厭うべき存在に充てる言葉、或いは音に、大和の人々は「にく」という発音を入れ込んだ。早速、古語辞典を見てみよう。
...憎(にく)し ①いやだ、気に入らない、不快だ
        ②醜い、見苦しい
        ③無愛想だ、つれない
        ④難しい、奇妙だ
        ⑤感心だ、あっぱれだ
        ⑥~するのが困難だ
...それが、嫌なもの・疎(うと)ましいものを表すのは明らかだろう。だが、⑤の「感心だ・天晴れだ」については、他の項目と異質の要素が有るので、説明を加えないと理解し難(がた)いだろう。
 ⑤の「感心だ・天晴れだ」には中間項が有って、この表現は、例えば武士などの手柄に対する誉め言葉で、その働きが「優れていて、憎い程だ」と言った文脈で語られるもので、ストレートに称賛する気持ちではなく、一種の羨望(せんぼう)、やっかみ心が含まれているのである。

☆ 「にくし」は又、「難(にく)し」と言い、難(かた)しとも言う。...以下、次回に。

by atteruy21 | 2019-10-26 11:04 | Trackback(20) | Comments(0)

縄文語のかけらーその95 (通巻第780号)

 注意深い方であれば、もう気が付かれたかも知れない。「邪悪な...」とか「性悪の...」とかの、或る意味でより高次の概念を導き出す、その土台となる具体的で卑近な観念に、二つの事柄が認められる。
...一つは「突き抜ける」という観念であり、いま一つは「硬い、硬直した」という意味合いで、第一の観念とはかなりの距離があるように見える。

▽ 第一の、「突き抜ける」とか「泥沼」という語意から生じる「邪悪さ」の観念というのは、足下がズブッと突き抜けて泥沼に落ちた人に死をもたらす、その泥沼の危険な在りようが、人の心に恐れと「邪悪」の観念とを生んだ訳である。
...第二の、「硬直した」の語意が招来するものは、これは説明の必要も無いほどだが、亡くなったばかりで、死後の硬直で棒のように硬くなってしまった遺体と、また、その遺体に憑(とりつ)いた厭(いと)うべき魔物への忌避と恐れの感情である。

▼ 忌避すべき厭わしい存在に対し、アイヌの古人は、意味合いは少しずれた内容を表しながら、しかし、発音の上では只一つの「 nit ニッ 」という語彙ないしは音(おん)を与えた。そのように思われる。
...だが、改めて考え直し、見直してみると、泥沼と硬直した死体とでは、想像しうる古代人の観念からして、どちらの方がより始源的な恐怖や忌避に結び付く観念であったか。それは言うまでも無いだろう。泥沼の魔物の方が後発の、後で出来た観念であることは証明する迄もない自明の事柄である。

◎ 棒のように「硬直した死体」と言うのが、アイヌ語の「 nit 」と言う語の最初の意味であり、ズブッと「突き抜ける」という語義は、後から派生した、しかし極めて重要な語意である。そう結論付けたい。
...邪悪で性悪な者を表すのに、当然、それは死体以外にも生きた人間にも使われる訳だから、萱野さんは、悪神だから悪人だからといって矢鱈(やたら)に「 nitne 死体のような 」などと言う言葉は使いたくはなかったのではないか。

☆ だから、同じ棒や柄(え)、取っ手などを表す語彙に、前に述べた「 nip 」などと言う言葉が有るのも頷(うなづ)けよう。
...これは勿論、「死体」を連想させる忌み言葉の「 nit 」を避けて、似た音の「 nip 」に置き換えたのである。
 
★ 語尾の子音の交代による僅かな意味の違いは、アイヌの古人たちが意図的に創りだし活用した語彙であり語法である。長らくお待たせしたが、舞台の準備は整ったので、一日遅れで「 nik ・にく 」の仲間たちの満を持しての登場である。

    (次回につづく)

by atteruy21 | 2019-10-25 14:41 | Trackback | Comments(0)

縄文語のかけらーその94 (通巻第779号)

 萱野氏は、「邪神」と言う言葉に「 nikne kamuy 」という独特の語を充て、通常の「 nitne kamuy 」の語は用いずに、これを避けておられる節(ふし)がある。その理由について、萱野氏に直接にお訊(き)き出来る立場でもないし、当然その機会も無かった訳(わけ)だが、私の思うに、「 nitne 」という音(おん)には、何か忌(い)み言葉的な要素が有って、それで萱野さんは余りその言葉を使いたくなかった。そんな気がしてならないのである。

▽ 萱野さんは、 nit を nik に読み替えたのだが、その「 nit 」という、言葉と言うか音(おん)と言うか、それを避ける理由を今頃になって探り当てようと言うのである。
...「 nit-tek-kewe ニッテッケウェ 」という特別な言葉がある。萱野辞典でも、中川辞典でも、ともに「硬直した死体」とのみ記述されている。日常的な言葉でもないのに辞典に載っていると言うのは、恐らくは、アイヌ社会の葬儀に関わる大事な言葉で、いわゆる忌み言葉なのではないか。

▼ この語彙は、《 nit 硬くなる + -tek さっと + kewe 死体・遺骸 》という語の構成で成立したと思われ、人が亡くなってその直後に、いわゆる死後硬直が始まった段階の、人の遺体を指す。恐らく、熊や他の動物の死体を表す為には用いられなかった筈で、専ら畏怖すべき人の亡骸(なきがら)だけに使われた忌み言葉であろう。

◎ 死神が憑(とりつ)いたばかりの遺体は、たとえ愛する家族のものであっても、魔の要素が有るのである。死んだ人の事は、キチンと弔ってあの世(ポクナモシリ)へ送ってやらねば、人に災いをもたらすのである。
...「 nit 」という言葉には、恐らく古くは、棒のように「硬直した遺体」という意味が有ったのだと私は考える。その棒に取り付く厭(いや)らしい魔を「 nitne kamuy 棒の(ようである)神 」と呼び、忌み嫌う対象としたのではないか。

☆ 「 nit 」という音(おん)を避けて「 nik 」という言葉で語る傾向が古いアイヌ社会に有ったのだとすれば、古い大和言葉に同様の忌み言葉が有ったのではないかと言う、そんな推測がしたくなるのである。
...古語辞典で、「にく・nik 」という音に連なる言葉が果たして存在するだろうか。アイヌ語の「 nit 」の表す忌むべき存在、厭うべき在りようを示唆する古い大和言葉が、平安の都大路を練り歩いた百鬼夜行(ひゃっき・やぎょう)のように、皆さんの前で躍り狂うのか、見ものである。

★ 憎し、難し、あやにく...などは、皆、この百鬼夜行の化け物の類いである。
    (次回につづく)

by atteruy21 | 2019-10-24 13:40 | Trackback | Comments(0)

縄文語のかけらーその93 (通巻第778号)
 語尾の子音 t の他の子音への交替は、 p には限らない。 t から k への変化も次のような形で現れる。著名なアイヌ語話者の萱野茂氏は、邪神・悪神を表す言葉に「 nikne-kamuy ニクネカムイ 」という語句を充てておられる。
...通常は悪神と言うと、「 nitne kamuy ニッネカムイ 」と呼ばれる。
 中川辞典では...
 ニッネカムイ nitne kamuy 【名詞】悪神 ← nitne 「性悪(しょうわる)の」・ kamuy 「神」
 ニッネ nitne 【動詞1】性悪である。...と登載されている。

▽ 萱野茂氏は、ご自分の辞典では、「ニッネ」の語彙としては特に項目を設けず、次の記述に止めている。
...「ニッネ」→「ニクネ」...と。つまり「ニクネ」の方を見ろと書いてある。そこで、「ニクネ」は、と見てみると...
 ニクネ[ nikne ]粳(うるち)。硬い。...とのみ、素っ気なく書いてあるだけ。他に関連語として
 ニクネカムイ [ nikne-kamuy ]...鬼。...という項目が載っている。

▼ 萱野氏は、「 nikne 」という語彙を動詞や形容詞としては定義したくない、それを避けている雰囲気がある。
 それは、語の構成として「 nik ( = nit )」+「 -ne (~のようである)」と規定した場合に、その「何々・のようである」と例える、その肝心の「何々」に当たる部分に入れ込む名詞や、特定の状態を表す語句の選択に窮(きゅう)する事になる。そう言う問題が出て来るからである。

◎ 邪神・悪神の、その邪悪で性悪な性質を表す修飾語に、「硬(かた)い」という概念しか充てられないと言うのは、言語の専門家として耐え難い屈辱と感じられたに相違ない。格の高い、偉いカムイを「 pase kamuy 重い・神 」と言うのだから、「硬い神」、即ち、邪神なのだ等とは、たとえ口が裂けても言いたくはない。大切な、アイヌ民族の誇りある「言の葉」を、その壮重な伝統の言葉の響きを、そんな軽々しい言葉に置き換えて欲しくないのだと...。

☆ 現代のアイヌ語学者は、この「邪悪な」とか「性悪の」という観念の、その因(よ)って来(きた)る所以をさして気にしない。
 邪悪という観念を体現する具体的存在、その如何にも邪(よこしま)な、それと見ただけで怖気(おぞけ)を感じさせる、そんな実在を言葉の根の部分に沈殿させる必要があるのだ。

★ 人を底無しの泥沼へ引きずり込む悪魔、「 nitne kamuy 泥沼の魔 」こそ、正に邪悪な「よこしまの魔」ではないのか。
...次回は、大和言葉にも繋がるアイヌ語の「 nik 」の世界に更に深く踏み込んでみたい。
    (次回につづく)

by atteruy21 | 2019-10-23 17:38 | Trackback | Comments(0)

縄文語のかけらーその92 (通巻第777号)

 「突き抜ける」と言う観念を表す言葉の中に、かたやアイヌ語の中でも、もう一方の日本語(大和言葉・沖縄方言)に於いても、どうやら共通して「 nit ニッ 」とか「 nir ニル 」と聞こえる発音が関わっていそうだと言うことが分かった。

▽ しかし、そうは言っても私の出した例や説明に納得の行っていない方が大半だろう。そもそもアイヌ語の「 nit 」と言う言葉一つ取っても、「突き抜ける」等と言う意味は誰も公式に認めてはいないのだから。
...そこで、この「 nit 」や「 nir 」の音を含む幾つかのアイヌ語を魔法の袋の中から取り出して、もう少し皆さんの納得が得られるよう、それらの言葉の間に存在する見えにくい関連を白日の下に曝し、大胆にして丁寧な説明を目指そう。

▼ 「 nit ニッ 」という音の表す意味を考えよう。棒だとか串だとかを表すとされる。私はこれに突き抜けるという基本概念を充てる。詳しく分析して見ると、「突き抜ける」の語意をより鮮明にしてくれる言葉がある。
...中川辞典 「 nit un sito ニトウン シト 」...イオマンテの際にカムイに土産として持たせる、串にシト sito 「団子」を刺したもの。 ← nit 「串」 un 「~にはまっている」 sito 「団子」。
 中川氏の訳文は、語順がちょっと可笑しいのだが、言わんとする所は十分に理解できる。「串にはまっている団子」ではなく、
「串が突き抜けている団子」が正しい直訳であり、串に刺さっている団子、串に刺した団子が正確な意訳である。

◎ 「 nit-ne kamuy 邪神・悪神 」という言葉がある。知里真志保のアイヌ民譚集にも出てくる言葉で、元々は、谷地の魔神から出た言葉である。ニタトルンペ(谷地の魔神=泥沼の魔)の噺はつい最近取り上げたので繰り返しは止めよう。泥沼は足がズブッと抜けて子どもなどが溺れて死ぬ、そんな恐ろしい場所にいる邪悪な神なのだ。

☆ ところで、この「 nit 」という音(おん)は、「 nir 」や「 nip 」や「 nik 」等の、それぞれの語尾子音を少しだけ替えた語群、つまり言葉のコロニーを抱えている。
...つまり、語尾の子音は可変的で、中核の意味をさして変えずに様々な語彙を創ることが出来るのである。
 先ず、nip を取り上げよう。
... nip,-i ニプ,-ピ 【名詞】刀などの柄。取っ手。

★ アレッ、何処かで見たことがあるぞ ! ...と気が付いた方は鋭い。
 nit ...棒。串。柄。...「 p 」と「 t 」は、ほぼ同じ意味あいを持つのだ。
    (次回につづく)

by atteruy21 | 2019-10-22 13:10 | Trackback | Comments(0)